03-19
天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「鬼だって、血を流せばいつか死ぬよなあ」
得物を持った両腕は、床を滑るようにして二人の方へと迫ってくる。
身動きの取れなくなった牛鬼を、さながら磔にした囚人のように刺し殺すつもりなのだろう。
「こいつは、八方塞がりやな」
苦虫を噛み潰したような顔で牛鬼がつぶやく。
しかしその通りだった。
床や壁にしがみつけるような取っ掛かりはなく、エレベーターのボタンも遠い。
床の男の【業】から逃げおおせるには、ポータルをくぐって部屋を変えるのが手っ取り早いが、エレベーターの次に近いポータルが外通路を曲がった先の住居玄関という、たどり着くには絶望的な状況だった。
たった一つだけ、突破口とするには心もとないが男の【業】に関した推察がある。
それはアキハが先ほど覚えた違和感だ。アキハの中では、違和感の理由がおぼろげながら形になり始めていた。
牛鬼がパンチを繰り出した時、男は【業】を解除して逃げざるを得なかった。
その理由は、露出した身体は弱点となり得るからなのではないのか。
あのまま牛鬼のパンチを避けつつ拳を固定できたとしても、固定されていない方の手でアキハの口を塞いでいた腕を引き剥がされただろう。
それがそのまま致命傷に繋がり兼ねなかったから、壁の中に逃げたと考えるのが妥当だ。
要するに、壁から出てしまえば防御力が紙並ということだ。
現に今も、武器を手にした割には距離を取りつつ、こちらの出方を伺っているようにも見える。
余りに慎重なそのムーブは、自らのひ弱さを物語っていると言えるだろう。
「ウッシー、たぶん一発食らわせれば勝てる。チャンスを待って」
アキハは牛鬼の首に両手を回し、背中にしがみつきながら耳元で囁いた。
「ああ、ワイも同じようなこと考えとったで」
どうやら、牛鬼も同じ結論に至っていたようで、アキハは内心ほっとした。
のも束の間、それは勘違いであることが直後の牛鬼の行動によって判明する。
「そのニヤケ顔、凹ましたる!」
叫ぶやいなや、牛鬼は男の顔目がけ、上半身ごと左手の拳を振り下ろしたのだ。
「おっと」
拳の接近を見て、男は顔を床の中に潜り込ませた。
牛鬼のパンチは何もない床を虚しく打ち付け、エレベーターホールに衝撃音が響く。
しかもその結果、牛鬼の左拳は床に固定され、身体を起こすこともできなくなってしまった。
「ちょ、何してんの!バカなの?」
アキハは牛鬼の耳元で叫んで非難することしかできない。
まさか牛鬼がここまでの脳筋だったとは誤算であった。
そんな牛鬼を嘲笑うように、床の男が牛鬼の右手側から顔を出した。
「脳みそも牛並みだったわけだあ」
牛鬼はその顔に向け、唯一のフリーだった右手まで平手で打ち付ける。
当然のことながら男は直前で顔を引っ込めており、今度は牛鬼の顔のすぐ前の床に顔を出し、心底おかしいといった様子で笑い声を上げた。
「安い挑発に乗ってくれてありがとう!これで随分と刺しやすくなったよお」
言い終わると同時に、牛鬼の左側に回り込んでいた男の右手が、日本刀を牛鬼の左脇腹に突き刺した。
瞬間、牛鬼の全身が強張ったのを、背中越しにアキハは感じ取った。
「ウッシー!」
心配してやりたいところだったが、この状況は牛鬼の無鉄砲さが招いたことなので、アキハはどっちつかずの心持ちとなる。
しかし、床男の顔から笑みが消えたのを見るに、どうやらそんなに悪い状況でもないようだった。
「案の定、非力やな」
「くっ、離せ!」
床男が歯を食いしばっていたのは、牛鬼の脇腹の筋肉が引き締まって、日本刀をそれ以上動かせなくなっていたからだった。
攻撃を誘っていたのは牛鬼も同じだったようで、まさに刺し違え、抜き差しならない状況を作り出すためだったのだ。
「今や、アキハ!走れ!」
「はあっ?!」
「ここに居てもジリ貧や。なんとか立て直せ!」
牛鬼の叫びに、アキハは顔を上げた。床に足をつけられない状況で、一体どうやって走ればいいと言うのか。
ヤケを起こしたとしか思えない牛鬼の行動に心中で悪態をつきながら目線を上げたアキハだったが、次の瞬間、驚くべきことにその目には、床を踏まずに外通路の手すり壁までたどり着けそうな『活路』が映っていた。
03-20 へつづく
次回、第三話最終エピソードとなります!
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