03-18
天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
亡者にトドメを刺そうと片足を上げていた牛鬼は、標的が突然消えたことに驚いてバランスを崩しそうになる。
「なんや、急に」
そして振り向きざま、アキハが窮地に陥っていることを瞬時に理解して、牛鬼は拳を振りかざしながら壁の男に向かって飛びかかった。
「ちっ」
舌打ちを残して壁の男は両手と顔を壁の中へと引っ込めた。
牛鬼の拳は男の顔があったあたりの壁を殴り、ゴツンという鈍い音を立てる。
アキハの口を塞いでいた男の右手も引っ込んだため、アキハは激しくむせ込んで酸素を肺に、そして血流に乗せて全身に行き届かせるよう呼吸に努めた。
牛鬼の使ったロープの【業】といい、こんな短時間で酸欠を二度も味わうなんて脳がしんどいわ、アキハは心の中で毒づいた。
「アキハ、すまん。無事か?」
「なんとか」
アキハはすぐさま壁から離れた。
男が現れたあたりは、今はいたって普通のコンクリート壁に見えている。
「壁と一体化する【業】か?」
「なんかそんなん。……あと」
アキハは、背中が服ごと壁に張り付いていた感触を思い出した。
「壁に触れた部分を、壁と一体化させる感じかも」
「壁に近づかん方がええな」
まったくもってその通りであり、獲物が壁に触れない限りは何もできない、待ち伏せ型の【業】なのだと考えるのが自然だった。
だが、アキハは違和感を覚えていた。
それは男があっさり壁の中へ逃げ込んだことだ。
あのまま牛鬼のパンチを受け止めて壁と同化させればよかったのに、どうしてアキハを解放してまで逃げる必要があったのか。
違和感の正体がつかめないまま、壁の男による次なる攻撃は始まった。
その兆候を、アキハは偶然にも早めに察知することができていた。
牛鬼のそばへと歩み寄っていたとき、靴底が床から離れる際に微妙に抵抗感があったのだ。
それは塗りたてペンキの床を歩いてしまった時のような些細な抵抗感だったが、あっとアキハが思って足を降ろしたが最後、そのまま靴は床から離れなくなった。
「床!ウッシー!」
叫びながら、アキハは手を使わずに両方の靴から足を抜いた。
履いていたローファーの靴底が厚めのものだったため、かろうじて足裏まで同化する前に足を床から離すことができたのだ。
「担ぎ上げて!」
咄嗟のアキハの指示に、牛鬼は反射的に従った。
たくましい膂力でアキハを持ち上げた牛鬼は、そのままアキハを背中におぶらせた。
これでアキハは床に捕らえられることを回避できたが、もとより素足の牛鬼はとうに手遅れだった。
「なんか、あなどれないなあ、君」
すぐ近くから先ほどの男の声がし、アキハと牛鬼は床を見た。
とっくに穴は塞がっていたが、ついさっきアキハが穴を開けて亡者を落としたあたりの床から、壁の男が顔を出している。
もとい、今や床の男である。
「手だけじゃなくて、足が触れてれば穴を開けられるとはね。まるで俺が、壁だけじゃなくて床にも同化できるって気づいたことに通ずる発想力だよねえ」
まるで水面から顔を出した河童が泳ぐように、男の顔が二人へとゆっくりと近づく。
「でもさ、それはやっぱり俺との相性の悪さを確証させるよねえ」
男の言わんとすることを、アキハは理解できた。
男の【業】が床にまで及んでいるとなると、もううかつに床を触ることはできない。
床に触れた瞬間、アキハと男の【業】、どちらが先に発動するのかというスピード比べ以前に、触ろうとしたアキハの身体を床から伸びた腕なりが阻止してしまうことは想像に易い。
「ウッシー、拳銃もう出せない?」
「ああ。死んでもうたから無理や」
「だよね」
ダメ元で聞いてみたアキハだったが、そうなるともう床の男に攻撃できる手段はない。
二人の会話を聞いていた男が鼻を鳴らす。
「牛の鬼か。こんな場所で何を企んでいたか知らないが、鬼を殺せば鬼になる資格を得られるんだろう?面白くなってきたなあ」
言うやいなや、男のはるか後方の床から二本の手が生え、亡者たちが床に落としていた得物を拾い上げた。
右手は日本刀、左手はサバイバルナイフを掴んでいる。
03-19 へつづく
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