03-17
天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
――何かおかしい。急に、壁が変わった?!
アキハは牛鬼に助けを乞うため声を出そうとしたが、まるでそれを見越していたかのように、何かがアキハの口を覆って邪魔をした。
それは『壁から生えた手』だった。
その手はコンクリートの壁と同じ質感と色を持っており、外見は硬質であるが生物のように柔軟な動きをしている。
そしてアキハの口を塞いでいる部分が変質し、口腔内から咽頭へと流体のように流れ込んで気道を塞いでしまった。
「んぐッ!」
声を出すどころか呼吸もできなくなったアキハは牛鬼に視線を送ったが、亡者たちにトドメを刺そうと背中を向けているため、こちらに気づく様子はない。
悶絶するアキハの顔の横、手が生えた反対側から、今度は人の顔が壁からゆっくりと生えた。
やはり壁と同じ質感の、言うなれば壁の男がアキハの耳元でささやく。
「君の【業】、面白いね。でも俺の【業】と相性悪いんだなあ」
壁の男は【業】と言った。
つまり壁から体が離れなくなったこれは、【業】による攻撃だったのだ。
これまでアキハがじっくりと見た【業】は、今苗リュウタの肌を移植するものか、牛鬼のコピー能力やコピーしたロープ、無限拳銃くらいで、あとは得物を振り回す単純なものだけだ。
まさかこんな特殊な【業】があるだなんて、アキハには思ってもみないことだった。
「あっちは恐らく牛の鬼か、噂には聞いてたけどね」
壁の男は牛鬼に視線を送りつつ、今度はアキハの左腕付近の壁から新たに腕を生やし、アキハの左腕をつかんで壁から引き離した。
そして左腕に刻まれた紅い数字が見えるように捻り上げる。
「すごいな、一万超えか。鬼と行動を共にするだけあるね」
祖母の店で包帯を取ったまま、面倒で剥き出しのままにしていたのだった。
この壁の男は【業】のことも理解しているし、地獄のことに精通しているようだ。
つまり、紅い数字が意味することも知っているだろう。
「そうすると、君まさか、この街ひとつ分の記憶空間の主なのかな?」
――まずい、記憶を奪われる。
アキハが危惧した通りだった。
壁の男は舌なめずりをするように耳元で囁き続ける。
「こいつはラッキーだ。君の記憶をいただけたら、山吹の姐さんに一泡吹かせられるかもなあ」
山吹の姐さんというのが、このマンションの女王様なのだろうという予想は立つ。
こういう輩は地獄での勢力争いのために、好んで亡者たちを殺し回るのだろう。
そんな連中にとってアキハは一攫千金に値するビッグな獲物だ。
紅い数字をさらけ出しているのは、札束を全身にまとって外を歩くのと同じことなのだとアキハは理解した。
それよりこの窮地を脱するにはどうしたらいいのか、酸欠のために脳内中の血管が破裂せんばかりに脈打つのを感じながらアキハは考えた。
この至近距離にいながら声が出せないというだけで牛鬼を振り向かせることができないのがもどかしい。
両手は封じられている。ならば足だ。
足を使うということに思考が及んだ瞬間、まるで微細な電気信号を察知したかのように壁の男が動いた。
アキハの左腕を握っていた壁の手が、再び左腕を壁へと押し付け固定し壁の中へと消える。
次の瞬間、足元の壁から腕が生え直し、アキハの両足をまとめて壁へと押さえつけた。
これにてアキハは見事に両手両足を壁に固定された形となる。
「考えてることはお見通しだよ。大人しくこの街を献上しなって」
アキハの視野からは外れていて見えないが、壁の男がいやらしい笑みを浮かべていることは容易に想像ができた。
癪に障ることだが、壁の男は自分の【業】を見事に使いこなしているとアキハは思う。しかし。
――足を踏み鳴らすのかと思ったのなら大間違いだ。
頭の中でアキハがイメージを巡らせた瞬間、牛鬼の足元に転がっていた亡者の周囲に穴が発生し、亡者は階下へと落下していった。
アキハは、足でも【業】を発動させることができる。
壁に固定されていても、靴底はしっかり床についていたのだ。
前回牛鬼に対して足で発動させた時は、初めてだったこともあって制御がきかなかった。
しかし今、アキハは『できる』という確信をもって足に全神経を集中させていた。
その精神力が【業】の発動に大きく影響を及ぼしたことは間違いない。
03-18 へつづく
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