03-15
天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
しかし思い返してみれば、今回のマンションのような立体的な階層のある場所で【業】を使ったのは始めてだ。
どうやら、エレベーターホールや外通路はポータルで区切られていない、ひとつの巨大な『部屋』という空間内と定義され、床に穴を開けたというよりは、間仕切り壁に穴を開けたのと同じ現象が起きているようだった。
アキハは床から手を離し、穴を塞ぐ。
そして窮地を脱することができていないことを認識して気が重くなった。
アキハの【業】は、相手に手の内を知られていない状態の初見殺しが可能であるからこそ強いのであって、下の階に落としただけでは再度登ってきた敵に対策を取られてしまう。
牛鬼の死体は、半分ほどが砂に変化していた。つまりリスポーンにはまだまだ時間がかかる。
ここは撤退したほうが身のためだ、そう思ったアキハはエレベーターのボタンに手を伸ばそうとしたが、外通路から五、六人の亡者たちがわらわらとエレベーターホールに集まってきたのを見て手を止めた。
――エレベーターに乗る前に足止めしておいた方がいいのでは?
こういう時、アキハは直感力に優れていた。
アキハが初めて牛鬼の本当の姿を見た時、牛鬼の足元に穴を開けようとしたが開かなかった。その時に牛鬼は言ったのだ。
「【業】って自分がいる部屋の中でしか発動せんねん」
部屋とは、ポータルで区切られた空間のことだ。
そうなると目の前にあるエレベーターの扉、これもまたポータルであり、ハコの中はひとつの部屋として定義されているのではないか。
その場合、ハコの中からエレベーターホールの床に穴を開けることはできなくなる。
そんな状態でエレベーター内に入ってしまったら、ゆっくり閉まるドアを押し開けられて袋叩きにされる未来が待っているだろう。
アキハのいる位置からマンションを出ようと思ったら、エレベーターに乗るか、外通路の両端にある階段まで移動しなくてはならない。
目の前の亡者たちをどうにかしない限り、活路は開けないというわけだ。
――覚悟を決めよう。
アキハは目前の亡者たちを睨みつけた。
そしてもう一度、エレベーターに視線を移す。
エレベーターのハコは五階にはない。
誰かが別の階で呼んだか、自動で特定の階に戻る仕様なのかはわからない。
階数表示は都度消える仕様らしく、何階で止まっているかは不明だった。
再度、亡者に視線を戻す。
亡者たちは得物を手に、じりじりとアキハへ距離を詰めてきている。
アキハがエレベーターのボタンに手を伸ばそうものなら、それをきっかけにして襲いかかってきそうな気配だ。
ボタンを押す前に亡者たちを落とすしかないのだが、落とすだけでは解決にならない。
四階でエレベーターを先に呼ばれてしまったら詰みだ。こいつらは、この階で足止めしなくては。
足止め。アキハはその言葉通りの策を、頭の中でうっすらと思い描いていた。
タイミングを誤れば、ある意味で大惨事を引き起こしてしまう恐れもある策だ。
上手くいくか自身はない。しかし、試してみるほかなかった。
成功する確率を上げるには、亡者たちが動き出す前に床に手を触れる必要がある。
刺激しないよう身をかがめるにはどうしたらよいか。
アキハは脳内でイメトレする間も惜しんで、苦肉の策をとった。
「あの、ちょっといい?」
アキハは、先頭に立つ亡者に声をかける。
チンピラ風の男は気勢を削がれたように、口を半開きにしたままアキハの次の言葉を待っていた。
「床にね、蚊が止まってるから、叩くね?」
アキハは男の返事を待たず、ゆっくりと膝を折って姿勢を低くする。
地雷ファッション少女の唐突な奇行を前に、男たちは一様に口を半開きにして顔を見合わせていた。
――今だ!
アキハは綿密にイメージした。
亡者たちの床に穴を開き、できる限り早く穴を閉めるイメージを。
そして、それこそ虫を叩き潰すように、勢いよく掌で床をはたいた。
いつも通り、亡者たちの足元の床はデジタル画面が切り替わるように穴となって消え失せた。
しかし穴はアキハがイメージした通り、一秒やそこらの短時間で瞬時に閉じる。
するとどうなったか。
穴に落ちかけていた亡者たちの踝のあたりで穴が閉じたのだ。
それは床という横向きギロチンが亡者たちの足元を横薙ぎにしたと同様の結果をもたらした。
03-16 へつづく
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