03-10
天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「ワイの背中が一番安全やと思うねんけど」
正直なところ、牛鬼が暴れ回ってる間、アキハはマンションの外で待っていたかったのだが、女王様と引き合わせてくれる手前、さすがに言い出せない。
だが確かに、機動力と攻撃力を兼ね備えた牛鬼に引っ付いていることは、攻撃は最大の防御理論で言えば安全なのだろう。
「飛び跳ねたりしないでよね」
アキハが恐る恐る牛鬼の背中に片手をかける。
「言うてマンションの中や。ほどほどやて」
牛鬼のほどほどはアキハのそれと相違がある気がしてならなかったが、アキハは意を決して牛鬼の背中のボロ布をつかんだ。
颯爽、というわけにはいかないが、背中によじ登り、なんとか跨ることに成功する。
「ほな、しっかり掴まっとき」
言いながら牛鬼は立ち上がる。アキハは背中に抱きつくように身をかがめて、両手でボロ布をしっかり握った。
ぶるる、と嘶き声を上げ、牛鬼は悠然とマンションの中へ歩き出す。
エントランスポーチの先、六畳一間ほどの広さのエレベーターホールは薄暗かった。
天井に白色照明がいくつか据え付けられているが、半分ほどは点灯しておらず、隅々まで照らすには至っていない。
ホールには、地べたに座り、壁に寄りかかりながらタバコを吸っている二人の男がいた。
二人して、いかにもチンピラといった風貌だ。
二人はホールに入ってきた牛鬼に目を丸くし、その背中に乗ったアキハのギャップに困惑したようだった。
「え、牛と、女?」
「なんで?」
にわかに牛鬼が頭を床スレスレまで下げた。全身の筋肉が緊張していくのが背中越しにアキハに伝わる。
次の瞬間、牛鬼は後ろ足で床を蹴り、二人の男に向かって突進した。
アキハは慣性の法則で後ろにつんのめりそうになるが、ボロ布を掴んでいたことによりかろうじて振り落とされずに済む。
まず、手前の男の胸元に牛鬼の両角が突き刺さり、その勢いを殺すことなく後ろの男を巻き込みながら、牛鬼は突進した。
やがてホールの壁際にまでたどり着き、激しい衝撃とともに男二人は壁に叩きつけられた。
急制動がかかったため、当然のことながらアキハの体は前方へと引き倒され、牛鬼の背中に勢いよく鼻先を押し付けられる。
これはもう、地雷系ロデオガールだ。
はたまた、アキハの長い黒髪が前へ後ろへ乱れ舞う様は、能楽で『垂』を振り乱す役者を想起させるかも知れない。
アキハは鼻の痛みで涙目になりながら、これがいつまで続くのかと憂鬱な気分になった。
壁に押し付けられた男二人は、内蔵がめちゃくちゃになったのであろう、口から大量の血を吐いて痙攣している。もう間もなく絶命するのは明らかだった。
牛鬼は手前の男から角を引き抜き、ブルルと顔を左右に振って血を払う。
「エレベーター乗ろか。ボタン押せる?」
牛鬼がゆっくりとエレベーターに横向きで近づき、アキハの手がボタンに届く。
カゴは一階で待機していたようで、すぐに扉が開いた。
「乗れるこれ?」
「いけるやろ」
牛鬼は後ろ向きになり、尻の方からエレベーター内へと進入する。
途中、しびれを切らしたように扉が閉まろうとしたが、牛鬼の体に当たっては再度開く、を繰り返した。
その内、すっぽりと牛鬼の体はカゴの中に収まり、扉が安心したかのようにゆっくりと閉まる。
「ちょうど真ん中、五階あたりから攻めよか」
アキハは牛鬼の首の方へと体をずらし、階数ボタンに手を伸ばして『5』を押した。
遥か上の方から機械が起動する振動が伝わり、カゴはゆっくりと上昇を始める。
「前に来たってときも、こんな風にカチコんだの?」
アキハの言葉に、牛鬼はバフッと鼻を鳴らして笑う。
「カチコミとか、よう知っとんな。いや、様子見のときは、周りから目立たなくなる【業】を利用した。隠密行動できて便利なんやで」
そんな【業】まであるのか。アキハは改めて、【業】のバリエーションの豊富さに舌を巻く。
地獄の亡者の罪も千差万別ということなのだろう。
そんな種々の【業】を状況に応じてコピーし分けられる牛鬼の能力は、使い方によっては最強の部類に入るだろう。
03-11 へつづく
※次回の更新は月曜日です。
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