03-09
天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「ええ?女王経験ないからなあ」
「想像してみいや」
女王という日常からかけ離れた存在が、マンションという日常的なものに住む、というギャップが想像を難しくしている。
だいたい、何故アキハに質問してくるのか、意図がつかめない。
「一番上の階?」
「その心は?」
「見晴らしよさそうだから」
牛鬼は全身で「やれやれ」を表現するように、肩をすくめて首を横に振った。
「安直やな、外れや」
「なんでわかんの?」
アキハは少しむっとして聞き返す。
「ワイもそう思っててっぺんまで登ったが、おらんかった」
――お前もそう思ったんかい!
アキハは突っ込みたかったが、未知の場所で先導役の機嫌を損ねてはまずいと思い、ぐっと我慢した。
いくらアキハの【業】が初見殺しとはいえ、自宅でひたすら迎え撃つのとは訳が違う。
多くの脅威が待ち受ける『敵地』に攻め込むなど気が気ではない。
「女性同士、通ずるもんがあるかもと思ったんやが、アカンか」
全ての女性に女王気質があってたまるか、アキハはその言葉も飲み込んで、別の意見を牛鬼に提示した。
「アッシだったら、の話でもいい?」
「うん」
「もし誰とも会いたくないんなら、できれば入口から一番遠いとこに籠もってると思う」
「でも、てっぺんって一番遠いよな?」
「屋上から入られること考えたら、ちょうど中間とか」
牛鬼は「ふむ」と呟いて、エントランスの壁にはめ込まれた住居見取り図を眺めた。
年季が入っており、ところどころインクが剥げて部屋番号が抜けている。
「中間か。なるほどな」
見取り図の五、六階あたりに爪を立てる。
「現実的に中間いうたらこのへんやけど、ワイ、アキハが言うたことでピンときたで」
「見晴らしのよさ?」
「そこやない。入れ子人形や」
アキハにそんなことを言った覚えはないが、入れ子人形そのものはなんとなく知っていた。
ロシア風に言えばマトリョーシカというやつだ。
「入れ子人形の、一番中心のやつを取り出すにはどうする?」
「どうって、外側のを外してくしかない」
「せや」
牛鬼は見取り図の外側部屋から、中央に向かって螺旋を描くように爪で引っ掻いていく。
「このマンションは亡者たちの記憶が寄せ集まってできとる。ほな、その記憶の接続を剥がしてけば?」
牛鬼がアキハを見る。
「女王様の記憶が残る」
「御名答や」
「記憶って誰かに接続してるのも分捕れるわけ」
うなずく牛鬼。
「記憶は食いつ食われつや。殺されると接続しとった記憶ごと、全部持ってかれるからな。アキハも気ぃつけ」
それはつまり、ここまで構築したアキハの街が、一瞬で他人に奪われてしまうということだ。
元々他人の記憶を拝借しているとはいえ、作り上げた物を奪われる喪失感は想像するに苦しい。
「ほんなら、久々に本気出すで」
言うなり、牛鬼は前かがみになって両手を地面についた。
「ふんっ」と鼻息を荒くするやいなや、牛鬼全身の筋肉が波打ってその形状を変化させていく。
最も変化が大きいのが両脚だ。太ももがパンパンに腫れ上がる一方、膝から下はスリムに引き締まり、膝関節は逆方向に折れ曲がる。両手両足の先は蹄へと変化していた。
そして顔も一変した。鼻面が下に伸び、額にあった一対の角がさらに隆起して鋭さを増す。
そうして牛鬼は四つ足の、どこからどう見ても牛そのものへと変身した。
ただひとつ自然界の牛と違ったのは、肩から腰回りにかけて巻かれていたボロ布が、そのまま残っている点だ。
「背中、乗っかり」
牛鬼が四肢を折りたたんで『お座り』状態となる。
牧場で見るような成牛に比べてやや小さく、乗ろうと思えば乗れそうなサイズ感ではあった。
しかし、「さあ乗って」と言われてすんなり牛に跨ることができる女子高生が、この世にどの程度いるだろうか。
「えぇ⋯⋯、乗んなきゃダメ?」
「悠長にしとれんからな。ワイ、走り出したら速いで」
つまりは、振り落とされないよう努力を要する、ということだ。
03-10 へつづく
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