03-07
天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「やなこと思い出させてもうて、すまんな」
牛鬼が、そのビジュアルからは想像もできないほど優しいタッチで、アキハの背を撫ぜた。
アキハは懸命に涙を止めようと努力したが、なかなか栓が閉まらない。
しかし、次の牛鬼の言葉で、アキハの涙は枯渇したように止まることになる。
「ただな、経験上の推理なんやけど。アキハ、後追い自殺してへんか?」
「え?」
アキハはくしゃくしゃになった顔を上げて牛鬼を見た。
「自殺ってな、自分を殺すってことやから、殺人と同じで地獄に落ちると決まっとんのや」
「……ええ?マ!?」
「マってなんや。マなんて言っとらん」
マとはマジのマだったが、説明する余裕なんてアキハにはなかった。
そういえば今苗リュウタも以前、そんなことを言っていたのを思い出す。
あれは殺人鬼の世迷い言だと自分に言い聞かせていたが、その言葉には妙な説得力が滲んでいた。
彼も数多くの亡者を葬る中で、地獄の真理に到達していたのだろうか。
アキハは必死に涙を拭って牛鬼を睨みつけた。
「自殺と殺人は、ぜんぜん違うでしょうが!」
「ワイに言わんでくれ。決めたんはヤマさんやから」
「ヤマさんめ。絶対に酔っ払いながら決めただろ」
もはやアキハの中で、ヤマさんはパチンコ好きの呑んだくれにイメージが固定されてしまっている。
「失礼なこと言うなや。ヤマさんはちゃんとしとる」
「会ったことあんの?」
「ある。アキハも鬼になったら会うこともあるで」
地獄を統括し、四人の幹部をこき使う呑んだくれ社長。
アキハはちっとも会いたいと思えない。
「でな、話を戻すんやけど。アキハのおばあちゃんが天国に行ってないと仮定してもええか?」
「地獄に堕ちてるってこと?」
「怒らんで聞いてくれな。もしそうだとすると、うかつに『上』に戻ると行き違いや」
確かにその可能性はある。
アキハの祖母は誰が見ても善性の人であった。
しかし善性であるが故、罪の意識が人一倍強かった節はアキハにも見て取れた。
「アッシのせいで」が口癖のようについて出る人なのだ。
善人が天国に行けないシステムなんて、考えたやつはよほど人間か嫌いなのだろう。
アキハの中のヤマさん株は大暴落で地獄大恐慌の様相だ。
「そうなると、地獄でおばあちゃんを探すことも視野に入れないとか」
アキハの言葉に牛鬼はうなずく。
「鬼になれば亡者の動きも把握しやすいし。他の鬼のんとこに接続しとったとしても、鬼やったら他の鬼んとことも行き来できる」
「亡者は接続されてるとこから絶対抜けらんないわけ?」
「基本的にな。んで、まあ時間はかかるやろが、おばあちゃんが地獄に落ちとらんことが判明したら、いざ『上』に戻って今度は天国に行ってみんとな」
「じゃあ、天国って、どうやって行くの?」
そこで、急に牛鬼は顔を曇らせた。
「それをワイの口から説明することはできん。というより、説明する術を持たんのや。堪忍な」
「はあ」
牛鬼がさらっと「天国に行って」などと言うので、アキハにしてみれば何かしらの方策が定まっているのかと思えたのだが。
どこか、牛鬼は隠し事をしているようにも見て取れた。
話を逸らそうという意思の表れか、牛鬼は声のトーンを一段上げ、アキハの前で人差し指をピンと立てた。
「ほんでな、実は新しい鬼候補の情報を、ワイは提供できる。おんねや、なかなか有力な亡者が」
「そっちは鬼に勧誘してないの?」
「考えたけどな、どうにも堅物ぽくてな。まだアキハの方が話が通じそうやってん」
牛鬼ですら話が通じそうにない者を、どうやって鬼候補として勧誘するのか、アキハには甚だ疑問である。
そんなアキハの考えを見越していたのか、牛鬼は言葉を続ける。
「彼女は今、地獄ちゅうカオスの中で混乱の境地に達しとる感じやが、アキハの【業】で仕留めることができれば」
「ああ、記憶がリセットされて」
説得の余地あり、ということらしい。
それより、アキハは牛鬼の語った中のひとつのワードが心に引っかかっていた。
「え、今、彼女って言った?」
「せや。アキハよりちょい歳上って感じの女や。興味あるか?」
なんだか牛鬼にいいように乗せられている感じも否めなかったが、男よりは会ってみる価値はありそうか、アキハは直感でそう思った。
「鬼を引き継ぐかどうか決めるんは、その女に会ってみてからでもええ。ヤツの根城、案内するで」
03-08 へつづく
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