03-06
天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「でも昔からいるって言ってたよね?」
「まあな。ここが今みたいなルールになって間もない頃やけど、最古の連中はそのずっと前からヤマさんに尽くしてきとる。そういうの、社畜って言うんやろ?」
牛鬼は最後を囁き声で言った。
鬼畜と揶揄される鬼の口から社畜なんて言葉が飛び出すとは、なかなかに滑稽だとアキハは思う。
しかし牛鬼は古い人間だと言っていたが、こういう最近の言葉をよく知っている。
持ち前のコミュ力で亡者たちから聞き出しているのだろうか。
「玄武、白虎、青龍、朱雀が最古の四鬼な。あとの十二は日本でも十二支でおなじみやろ」
「ああ、そのひとりだから、牛鬼なんだ」
「せやせや。わかりやすいな」
「んじゃ、もしかして」
アキハは自分が牛の鬼になったときのことを想像して、思わず口元が歪む。
「アッシが鬼になったら、そんな姿になるわけ?」
「ああ!いやいや、これはワイが望んでこうなっとるだけや」
牛鬼はなぜか急に恥ずかしくなったようで、アキハから顔をそむけて手を振った。
「鬼たちはみんな、好き勝手な格好しとるよ。なんか自然と、その動物をモチーフにしたような外見にはなっとるけどな」
ふと空を仰いで、牛鬼は思いを巡らすような表情を作る。
「そういや、女性を自称しとる鬼たちは、だいたい人間の見た目を保っとるな。そのへん、美的感覚の違いちゅうやつか」
「じゃあウッシーは、その姿が強そうだからそうしたの?」
「いやもう、ワイの格好はどうでもええて。勘弁したって」
なんでそんなに照れるのかアキハには理解できないが、何か特別な理由があったのか、深層心理のイメージが外見に表れるのかしたのだろう。
どのみち、牛をモチーフにした外見なんてものを、アキハは自分の姿に重ねることができない。
ネットの画像投稿サイトで『牛娘』なるジャンルの絵を目にしたことがあるが、あからさまに男どもの性のはけ口として創作されたもので、そうなりたいと願う女性など存在しないだろう。
「うーん」
アキハは考えを巡らせながら、自然と唸り声を上げていた。それを見た牛鬼の顔は困り顔だ。
「まあ、その。ワイの説明で『めっちゃ鬼になりたい!』とはならんやろうけど。繰り返すがアキハの【業】は鬼向きや。そんで素直に刑をまっとうするよか、信頼できそうな鬼候補を見つける方が現実的やと思う」
牛鬼が言葉を捻り出しながら説得する様をどこか可愛らしく感じながら、アキハは振り返って雑居ビルの外見を眺めた。
どこまでも記憶の通りで、現実のものと遜色はない。そしておばあちゃんの店。
そう、おばあちゃんだ。アキハはここに来た一番の理由を思い出した。
「アッシさ、おばあちゃんに会いにきたんだ」
ぽつりと呟いたアキハの背中を牛鬼は見つめながら答える。
「おばあちゃんか。亡くなったんやな」
「アッシは死んだらおばあちゃんと同じ天国に行くと思ってた。なのに、地獄に堕とされたと知ったら、そりゃ引きこもるよ」
「ああ、こんなこと言うたら気い悪くするかもやけどな、そのおばあちゃん、天国に行っとるとは限らんで」
アキハは牛鬼の方に振り返る。
「どういう意味?」
「地獄に落ちるんは、本人の罪悪感次第なとこがある。直接、人を殺したりせんでも、『自分は天国には行けん』と思ったら落ちてきてしまうもんや」
「……それな。あああ、それな!!」
急にアキハが激昂したので牛鬼は目を丸くする。
「やっぱそう!?認めたくなかったのに!そんなこと、本当は思いたくなかったのに!でもアッシが地獄に堕ちたのって、やっぱり」
アキハは溢れ出る涙を止められなくなり、顔を両手で覆った。
「やっばり、アッジがおばあぢゃんをごろじだんだ」
心の奥底でくすぶっていた黒い火種が、火勢を取り戻したように全身へと広がっていくのをアキハは感じた。
祖母が亡くなったのは、怪物と化した母親のせいだと頭では考えるようにしていた。
しかし、自分に祖母を救える力があったのではないかという思いが消えない。
力を持ちながら、行使しなかったせいで悲劇が起きたのではないか、と。
そして極めつけに怪物の放った一言が胸に刺さったままだ。
「あんたがちゃんと面倒見てあげなかったからでしょ」
怪物の言うことなのに。ちゃんと面倒を見ていたのに。全部、お前のせいなのに。
アキハの心は、それを否定するだけのエネルギーを失っていたのだった。
03-07 へつづく
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