03-05
天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「まあ、そうやろな。ワイもこの空間を初めて見たとき思ったんや。『上』に戻ってみたいって。アキハの思いが伝染したんかもな」
そうだとすると、もとより牛鬼の勧誘は失敗する公算が強かったということになる。
だが、アキハが地獄のルール通り『上』へ戻るためには、一万七千回以上死ななくてはならない。それもまた、現実離れした話だ。どうやらそこが、牛鬼の付け入るポイントのようだった。
牛鬼の手から離れたチャイナ君の頭部はバランスを失い、地面に転がる。
「どうしたら『上』に帰れるやろう、なっ!」
牛鬼はそれをサッカーボールよろしく、道の向こうへと蹴り上げた。チャイナ君は放物線を描いて、繁華街の交差点あたりへと飛んでいく。
するとその角からひょっこりと男が姿を現し、狙ったかのようにチャイナ君ヘッドは男の肩あたりに激突した。
「痛ったぁ!なに、これ!?」
男はチャイナ君の顔を持ち上げ、しげしげと見つめている。
「君、どっから飛んできた?」
アキハはその男に見覚えがあった。継ぎ接ぎ肌の殺人鬼、今苗リュウタだ。
アキハは今苗を気にも留めないような素振りで牛鬼に言葉を返す。
「だからあるんでしょ、鬼の特権ってやつが。それでアッシを帰してよ」
「すまんな、特権は一回限りでな。ワイ、もう使ってまってんねん」
「ふうん」
たった一回の特権をどんな亡者に使ってしまったのかアキハは気になったが、そもそも出会ったばかりの牛鬼が自分に特権を使ってくれるなんてのは虫のいい話か、とアキハは思った。
「ねえ、そこの人たち、これ投げた?あぶないよ?」
今苗がこちらに気づいたようで声をかけてくるが、アキハは無視してその場にしゃがみ込んだ。
「じゃあ、アッシが鬼になって得することは?」
アキハが足元のアスファルトに右手を置くと、数十メートル先に立っている今苗の足元に音もなく穴が出現し、今苗の姿は残像を残して穴へと消えた。
「なんなのおおぉぉぉぉ?」
落下していく今苗の悲鳴が響き渡る中、アキハは地面から手を離す。瞬時に穴がふさがり、あたりは静寂を取り戻した。
すかさずアキハは自らの左腕を見やった。包帯を外してあったので、今は紅い数字がはっきりと見える。
アキハの目の前で、下一桁の7が薄れていくと同時に、8が浮かび上がってくる。
17848
――また、数字を増やしてしまった。
アキハはうんざりしたが、今苗の顔を一秒も長く見ている気はなかった。
「『上』に帰る前提でか?」
「そう」
「方法は二つある。内ひとつは察しがつくんやないか?」
アキハは牛鬼の黒い瞳をじっと見つめた。
なるほど、牛鬼がやろうとしていることを、アキハもやればいい話だ。
「アッシが新しい鬼を見つけて、『上』に帰してもらう」
「その通り、さすがや」
「けど、そいつが約束を守るような信頼できるやつってのが条件じゃん。地獄にそんな亡者いる?」
「アキハみたいなのは稀におる。せやからワイは頼んどんのや」
アキハは人差し指で顎をポリポリと掻いた。
牛鬼が遠回しに自分を評価していることが照れくさい。
出会ったばかりだというのに、信頼し過ぎではないか。
「じゃあ、もうひとつは?」
牛鬼は両腕を胸の前で組み、息をひとつ吐いた。
「これはあまり勧められんが、別の鬼に交渉するんや」
「別の鬼」
アキハには特に驚くことでもなかったが、牛鬼以外にも鬼はいるようだ。
「この地獄には今、十六の鬼がおってん。ああと、正確には椅子が十六やな。ちょっと人数が定まっとらんけど、最古の鬼が四、その他が十二や」
「ウッシーは最古のひとり?」
「誰がウッシーやねん」
アキハは牛鬼を指差す。
「呼びやすいんならそれでええけど。ワイは最古やないよ」
03-06 へつづく
※次回の公開は月曜日です。
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