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天国・地獄・大地獄  作者: 瀬良浩介
第三話「女王のマンション」

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03-04

天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」


ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!

 アキハは雑居ビルの一階部分に立っていた。


 一階は外から中に向かって自由にウォーク・スルーでき、そこに何店舗かの小料理屋やスナックやらが並んでいる。

 祖母の店はそのうちのひとつであり、アキハが立っているのはその通路だ。もしこれが現実なら、ビルの外は商店街になっているはずだった。


 アキハの後ろから牛鬼がのそりと姿を現し、声をかける。


「行って見てみ」

「いや、え?アッシ、元の世界に戻ったの?」

「見りゃわかる」


 牛鬼に促されるまま、アキハはビルの外に足を踏み出す。想像通り、そこには見慣れた商店街の景色が広がっていた。


 気温は二十度やそこらで、一年中このくらいならいいのにと誰もが思ってしまうような、快適そのものの気候である。

 空は雲一つない快晴だが、風もないのに上空を砂埃(すなぼこり)のようなものが筋を作って流れていくのが見える。


 何にせよ文句のつけようがない日和(ひより)であるのだが、道を歩く人の姿はない。飲食店のガラス張りの向こうで食事を楽しむ人の姿もない。もちろん店員だっていない。通り向こうの大通りを走る車の姿もまったく見えない。


 世界がまるで平和そのものだというのに、そこに生活する者はいない。そんな空虚な世界を表現する言葉は、アキハの脳裏にひとつしか浮かばなかった。


「地獄」


 それを聞いた牛鬼は、フッと小さく笑った。


「せやな。しかも、アキハが作った地獄や」

「アッシが?」


 牛鬼がアキハの横を通り抜け、道の対面に位置する中華料理屋の入り口まで歩く。


「地獄はな、亡者が持ち込んだ記憶が接続されて構成されるんや」


 中華料理屋の入り口横に置かれた、人民帽に人民服のハリボテ人形の頭をポンポンと叩きながら牛鬼は言う。

 幼い頃よりアキハはその三頭身人形をチャイナ君と呼んでいた。


「それぞれの記憶は扉で隔てられ、だいたい三つくらいの部屋として地獄に接続される。『始まりの部屋』と、その先に続く部屋としてな」


 アキハの場合では、『自宅』と『祖母の店』の二部屋がそれにあたるのだろう。


「でも店の先、『外』じゃん」

「『外』に見えるが、『外』やない。ここも室内や」

「ここが?」


 アキハの目には、どう見ても空は無限に広がるように見えているが、あれは天井に描かれた絵だとでもいうのだろうか。


「地獄のルールちゅうか仕組みでな、亡者は他の亡者の記憶を分捕ることができる。ほんでその奪った記憶を元に、自分の記憶を拡張できんねん」


「それってもしかして、亡者を殺したとき、分捕ってたってこと?」


 牛鬼はチャイナ君の頭を勢いよく叩いた。チャイナ君の顔が胴体にめり込む。


「ご明察。アキハは大勢の亡者の記憶を奪って、自分の記憶空間を広げたわけや。ワイもびびったで。こんな広大な街を作っちまう亡者なんて見たことない。もはやこれは」


 牛鬼はチャイナ君の頭を直そうとし、勢い余って引っこ抜いてしまう。その頭をそっと胴体の上に乗せながら、アキハを見て言った。


「鬼の所業や」


 牛鬼が、向いている仕事がある、と言ったのをアキハは思い出す。


「こういう世界を作る才能でもあんのかな」


「そうやと思う。鬼は自分の世界を持ち、独自のルールを課すことができる。ヤマさんの基本方針から外れてなきゃ、鬼の裁量なんや」


 自宅に引きこもっている間に、扉の向こうがこんなことになっているとは、アキハにとって驚き以外の何でもない。

 無意識に作り上げていたのだとしたら、それはアキハが心の底で願ったことが具現化したと考えていいだろう。それはひとつの事実を物語っている。


「でもアッシ、やっぱ『上』に帰りたいかも」


 牛鬼はチャイナ君から手を離し、アキハを見つめた。

03-05 へつづく


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