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天国・地獄・大地獄  作者: 瀬良浩介
第三話「女王のマンション」

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03-02

天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」


ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!

「ええねん。まあ、人間の魂にとっては、そんくらいに感じるっていう例えみたいなもんや。正確にはな、魂が苦痛を与えられ続け、すり鉢で(こす)られるように()り減っていって、無に(かえ)るまでってことになっとんねん」


 牛鬼は左手ですり鉢、右手の指ですりこぎ棒を表現し、指をくるくると回す。


「ただそこにヤマさんの誤算があってな。まず、「地獄はこんだけ恐ろしいところやで」って宣伝しとんのに、罪を犯す人間が後を絶たん」


 宣伝とは?アキハは心の中で首を捻る。

 テレビや動画サイトのCMで地獄の宣伝など見たことはない。ただ、アキハやその他大勢は、子供の頃から地獄の存在を――信じる信じないは別として――知っている。それは何故か。


 答えは宗教だ。アキハは無宗教の家で育ったので、そこまでピンとくるものではないが、必ずと言っていいほど宗教には地獄の概念が盛り込まれている。

 牛鬼の発言からするに、古今東西の宗教家は『あの世』と呼ばれる側からのメッセージを受け取る手段を持ち得たのかも知れない。それが『宣伝』となって大衆へと伝わってきた。


 ただ悲しいかな、現代日本に限っては、その宣伝効果は無に等しいと言っても過言ではないだろう。

 せいぜい『天国・地獄・大地獄』の手遊びで子供たちが恐れおののく程度だ。


「もいっこはな、人間の魂ちゅうんは、擦っても擦ってもなくならんくらい頑丈やったんや」

「へえ」


 アキハはわけもなく誇らしげな気持ちになる。

 あいまいだった魂というものが定義され、しかもそれが不滅の存在であったという、ただそれだけの矜持(きょうじ)だ。

 そんなアキハの思いを見透かしたのか、牛鬼の言葉の温度が下がる。


「地獄にとっちゃ、いい迷惑や。いつまで経ってもいなくならん亡者で溢れかえってまう。ヤマさんでなくてもお手上げしとうなるわ」

「地獄でも人口問題か」


 まさか地獄でもそんな現実的な問題で頭を抱えているだなんて、堕ちてみないと判らないものだなと、アキハはしみじみ思う。


「そこで作られたんが、このルールや」


 そう言いながら、牛鬼は自分の左腕を指さした。はっとしてアキハは左腕に巻かれた包帯に触れた。


「亡者は一律で五百という数字が与えられ、ここで五百回死んだら『上』に戻すちゅうことになっとる」

「五百回」


 確かに、ここで目覚めたときに左腕には『500』という入れ墨が彫られていた。これはそういう意味だったのだ。


「便利なもんでな。一回死ぬと数字がひとつ減るようになっとる。あと何回死ねば『上』に戻れるか一目瞭然や」


 それを聞いたアキハの胸には違和感が宿る。


「待って。アッシ何回か死んだけど、数字変わってなかった」


 確かなことだった。死ぬ度にパジャマ姿に戻ってしまうため、アキハはその都度、包帯を巻き直していたから数字を見ているのだ。


「ちなみに、死因は?」

「落下死?」

「自分の【業】で?」

「そう」

「一緒に落ちた人おった?」

「おった」


 牛鬼の関西弁がアキハにうつる。牛鬼は得心したように鼻を鳴らした。


「それな。他の亡者を殺すと、数字増えんねん」


「えっ」


「つまり、自分が死ぬと同時に誰かを殺してまってるから、数字が変わらんかったんやな」


「えええ!ひどくない!?正当防衛なのに」

「ルールはルールやから」


 そこまで聞いて、アキハは顔から血の気が引くのを感じた。ある時から床に開ける穴を制御できるようになり、自分は死んでいないことを思い出したのだ。

 慌ててアキハは左腕の包帯を(ほど)きはじめる。(あら)わになった紅い数字は、想像をはるかに超えるものとなっていた。


 17847


「いちまん……」


 アキハは思わず絶句した。

 地獄の特性なのか、時間の感覚が失われていたとはいえ、まさか自分が五ケタに及ぶ数の亡者を葬っていたとは思いも寄らなかったのだ。

 刑期を全うすればシャバに戻れる、そんな刑務所の囚人のような見通しは、アキハの中で音を立てて崩れ去った。


「ひと桁多くない?って顔やな」

「ひと桁どころか!」

03-03 へつづく


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