03-01
天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」
連載開始!!
これから毎日〈月〜金のみ〉連載です!!
「アッシが……鬼?」
「せや。ならんか?」
アキハの目の前で、牛鬼が右手を顔の高さにあげてサムズアップし、目と目が離れているので少々わかりづらかったが、ウインクをした。
鬼にウインクとは古いことわざで、やっても逆効果という意味である。
「ならんかって、クラスの委員みたいに言われてもさ」
「クラスってなんや。学校の話か?わいな、とんと『上』のことにご無沙汰でな」
「『上』って?」
今度は人差し指を立て、長い爪を上に向ける牛鬼。
「アキハは、そこから落ちてきたやろ?」
――ああ、確かに堕ちてきたな。
アキハは落下中の部屋のドアを開け、外の景色を見たことを思い出した。
そのとき体験したことと、牛鬼の言葉からするに、現世と地獄は物理的にも上下の関係に位置しているのかも知れなかった。
アキハは、自分が橋から飛び降りたために落ちてきたと思っていたが、もとより地獄には落ちて来るものらしい。
「ワイかて、鬼になった時は『未来永劫、地獄で獄卒やったるわい』って思っとったんやけどな。上もずいぶんと楽しくなってきとるみたいで、恋しくなってきてしもてな」
牛鬼は腕を胸の前で組んで、しみじみと目を閉じている。
アキハは、牛鬼が何を言いたいのかイマイチ判っていなかったが、次の言葉でピンときた。
「せやから、そろそろ誰かに鬼の座を譲って、上に戻りたい思てな」
「ちょ、待って。それ、現世によみがえるってこと?」
「そ、鬼の特権でな。亡者を『上』に送ることができるんやけど、鬼が自分を送るわけにはいかんからな」
そう言って牛鬼はヨッコイショと立ち上がった。背筋を伸ばすと天井にぶつかるため、前かがみではあるが。
「ちょっと外歩かんか?歩きながら話そ」
アキハは牛鬼にうながされるまま、自宅の玄関をくぐって祖母の店に移動した。
かなりの時間を自宅で座って過ごしたように感じる。
亡者を待ち受け、穴に落とすの繰り返し。いったいどれほどの時間が過ぎたのか、アキハには見当もつかない。
「ここに落とされたとき、誰からもなんの説明もなくて、けったいな話やと思わんかった?」
牛鬼はただでさえ狭苦しい厨房の空間を、身をかがめながら進みつつ、アキハに話しかけた。
「地獄を統括しとるお偉いさんがな、ヤマさんちゅうんやけど。昔はヤマさんが亡者ひとりひとりに説明しとったんよ。『お前は、これこれこういう罪で落ちてきたんだから苦しんで償いなさい』てな。けど、次から次へと亡者が増えてきて、ヤマさん疲れてしもてな」
アキハには、ヤマさんという名前から組織のお偉いさんを想像することは難しかった。
定年後、昼間からワンカップをあおってパチンコ屋に通うおじさんの姿しか頭に浮かばない。祖母の店という情景から、そういう常連客を思い出してしまうのだろう。
店のフロアに出て、カウンター前の空間で少し身体を伸ばしながら牛鬼はアキハを振り返った。
「ある時から、亡者は問答無用でここに落とされるようルールが変わってん。んで、上にいた時の【業】が自分に跳ね返ってきて死んだり、亡者同士で殺し合ったり、時には鬼が手を下して罪を償わせる形になった」
「なんかそれちょっと、放置プレイじゃない?」
「プレイちゅうのは判らんけどな」
牛鬼は爪の先で自分のアゴをポリポリ掻いた。
「それまではホンマに気の遠くなるような世界やったんよ、地獄は。ひとりの亡者が全うする刑期が最低でどんくらいの長さか判るか?」
「さあ。地獄は初めてですので」
カウンター横でアキハが肩をすくめるのを見て、牛鬼は小さくため息をついた。
「現世の時間にして一兆六千億年超えや」
「へっ」
あまりにも桁違いな数を聞いて、アキハは不覚にも笑ってしまった。咄嗟に口をつぐんで、牛鬼に申し訳ないという目線を送る。
03-02 へつづく
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