02-18
天国・地獄・大地獄 第二話「高遠アキハ」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
アキハはというと、今度は逆さ吊り状態になっていた。
まるで幼児が着せ替え人形の脚を持って逆さまにしたように、両手はバンザイ状態で天井から吊り下がっている。
首にかかっていたロープはゆるんで垂れ下がっていたため、アキハの頭部には新鮮な血液が一気に充満する。
ぼんやりした頭で、ふとスカートが完全にまくれ上がって(下がって)いることに気づいたが、もはや手を動かす気力もなかった。
――誰に見られるわけでもなし。
そんなことよりも、いつまでこの状態なのかの方が気にかかっていた。
宙吊り状態は、思ったより早く終わった。
まず、アキハの【業】で消失していた床が、壁と接する面から中央に向かって、カメラのシャッターが閉じるように閉じていく。
しまいには完全に穴は消え、玄関前のクッションフロアが元通りでそこにあった。
そして床が元に戻ったと同時に、アキハを吊っていたロープが二本とも消えた。天井に引っ込んでいくのではなく、一瞬にして消え去ったのだ。
にわかに支えを失ったアキハの身体は、床目掛けて落下する。
バンザイしていた両手が真っ先に床についたが、咄嗟のことで身体を支えるには至らず、アキハは頭部を床に強打してもんどりうった。
ずきずきと痛む頭頂部をさすりながら、アキハは床を眺めた。
無我夢中で身体が動いたが、まさか足でも穴を開けることができるとは。
――ああ、よかった。
いや、本当によかったのか。アキハはすぐさま思い直す。
あの男は何かを言おうとしていた。少なくとも表面上は友好的に見えていたのに、それを容赦なく奈落へ突き落とした。しかも、自分の命すら脅かすようなやり方で、破滅的に。
途端に、極限まで命をすり減らしたことに恐怖を覚え、アキハの身体は震え出した。
かつて今苗に殺されそうになった時と似た恐怖がぶり返す。
そうだ、死が恐い。アキハはもう死にたくなかった。
目から大粒の涙が溢れ出す。アキハは自分を抱きしめるように丸く縮こまった。
あの男がなぜ最後、身を挺してまで自分を助けるような真似をしたのか、アキハには判らなかった。
だいたい、どうして自分が掴んでいたロープを離したのか。掴まったまま新しいロープを出せば自分も助かったのに。
それについてアキハが考えられることは、あの男はロープを二本までしか出せないのではないか、ということだ。
つまり、新しいロープを出すには、出ているロープを一度引っ込めないといけないのでは、とアキハは推察した。
首を絞めていたロープの輪をゆるめ、首から外し、引き上げてから新しいものを出す、そんな余裕はなかったのだろう。
つまるところ、本当にあの男はアキハに危害を加えるつもりがなかったのだ。
そんな人物を問答無用で奈落の底に叩き落とす自分は、一体何者なのだろう。アキハは自問する。
――自分はすでに、人間ではなくなっているのでは?
そんな疑問が頭にもたげても、アキハの心は波立つでもなく平静だった。
人外上等。自在に床に穴を開けられる時点で、もう人間離れしてしまっているのだから。
ふとアキハは、あの男がロープのことを【業】と呼んでいたことを思い出した。
自分の穴開け能力もその【業】とやらなのだろうか。
【業】とは一体なにか。
もしあの男が生き返り、再び戻ってくることがあったら、今度は耳を傾けてみようか。そんな思いがアキハの胸に生まれていた。
まさかその『今度』が数分と経たずに訪れるとは知らずに。
「戻ったでぇ」
唐突に玄関のドアが開き、向こう側から声がかかる。
ぎょっとしたアキハがドアと壁にできた隙間を見ると、そこからこちら側を見つめる瞳と目が合った。
02-19 へつづく
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