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天国・地獄・大地獄  作者: 瀬良浩介
第二話「高遠アキハ」

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02-17

天国・地獄・大地獄 第二話「高遠アキハ」


ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!

 男はロープにしがみつきながら、両足のスニーカーを脱いで穴の中へ放った。


「ワイは誠意を見せる。ロープの【(カルマ)】も見せた。靴も脱いだ。もう、床に降り立ちたいんやが」


「どうぞぉ」


 アキハは男をじっと見ながら、両手を床から数センチ上げたところで待機させ、いつどの瞬間でも床を叩ける姿勢をキープした爆速脊髄反射()()()()()()()となっていた。


 もちろんその無表情な顔には『オラ床に降りてみいやコンマ一秒で穴開けたるわい』と書いてある。


 その異様なまでの対決姿勢を見た男は、心底げんなりした顔を見せる。


「土足関係ないやんけ……。ええ度胸しとるわ。

 ほんなら、ワイも容赦せんで」


 男はロープを掴んでいない方の手の人指し指で、くるんと宙に輪を描いた。刹那、アキハの視界の中で上から下に一本の横線が横切った。


 あっ、とアキハが思った矢先、首に(まと)わりつくものを感じる。それは輪になったロープであった。

 音もなくアキハの真上の天井からロープが垂れ下がり、大きく広がっていた輪がアキハの首元で瞬時に引き絞られたのだ。


 慌てて首に手をやるが、ロープは首に隙間なく食い込んでしまっている。

 ぴんと張ったロープが首を締め付け、アキハは反射的に立ち上がろうとしたが、それでは手が床に届かなくなると思い留まり、膝立ち状態となった。


「ほう、立ち上がらんのか。すごい精神力やな」


 アキハは必死に床に手を伸ばした。しかしロープは、ぎりぎりアキハの手が届かない位置で締め付けられるよう、計算された張力(テンション)を保っていた。


「そんなに苦しむ必要ない。床から手ぇ離して立ち。そんで話聞いてくれんか」


 男はゆっくり丁寧にアキハを(さと)した。

 しかし、聞く耳を持たないかのようにアキハは手を伸ばすことをやめない。


 顔から血色が失われていき、色白だった顔がさらに青白くなっていく。もはやアキハの脳内では、首が千切れてもいいから手を床につけなくてはと、思考がオーバーヒートを起こしている。

 その姿を見せつけられた男は、呆れを通り越して畏怖(いふ)の念すら抱いていた。


「なんやの、この子……」


 男が呟いたのが早いか、アキハが咆哮(ほうこう)を上げた。

 まるで全ての人間性を断ち切ったかのように叫んだアキハは、おもむろに両手でロープを掴み、左の膝は床についたまま右足を立てて片膝立ちとなり、息をひゅうっと吸い込んだ。


「堕ちろぉぉぉっ!!」


 ――まさか。男がそう思った瞬間、アキハが右足を軽く浮かせてから、すぐに床へ叩きつけた。

 途端に、男とアキハの周りの床が全て消失した。


「ばっかたれえぇぇぇ!!」


 男が、叫ぶのと同時にロープから手と足を離してアキハ目掛けて飛びかかった。

 アキハの身体は床という支えをなくし、首を支点にしたロープにかろうじてしがみついて宙吊りとなっている。

 幸い、ロープはぴんと張られていたため頚椎(けいつい)を脱臼することもなく、苦痛はあるだろうがまだ生きながらえていた。


 そう、絞首刑にかけられた状態で、彼女は死に直面した苦痛を味わっているはずだった。

 しかしアキハの表情を見て男は愕然(がくぜん)とした。


 アキハは笑っていた。


 男は宙空に飛び出しながらアキハに手を伸ばしたが、その距離を縮めるには足場が悪すぎた。


 ――ワイの負けか。


 落下し始めた男は、アキハに向かって伸ばした手で円を描く。すぐさまアキハの直上からロープが垂れ下がる。

 大きく開いた輪はアキハの足元で絞られ、両足を拘束しながらロープは勢いよく天井に向かって巻き上がった。


「もう間に合わへん」


 そう呟いた男の身体は、すでに十メートル近く落下している。


 ――しゃあないわ、出直すか。つうか、そんなに殺したいならここで生き続けりゃええ。もう殺してなんかやらん。


 男の周りから光は消え失せ、押しつぶすように闇が包みこんでいった。

02-18 へつづく


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