02-15
天国・地獄・大地獄 第二話「高遠アキハ」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「ここまでカユいい女に会えるなんて、地獄ってサイコーだな!心の底から、お前がカユいよ!!」
もはや文法目茶苦茶意味不明な今苗の言葉は、アキハの脳内では言語として処理されておらず、ただの音として響いていた。
アキハは膝の力が完全に抜け、床に崩折れた。
何かが間違っている。自分は来るべき場所を間違えたのだ。アキハは心の中で繰り返す。ここじゃない、ここは違う、ここじゃない。
今苗は自らの血で真っ赤に染まった左手をアキハに差し出しながら、まるで意中の相手に愛を囁くように言った。
「さ、おいでよ。絵の具みたいに混ざり合ってひとつになろ?地獄は一人じゃ辛いよ?」
アキハは目の前の赤い掌を見つめる。
「ここじゃない」
「そう、君の居場所は俺の体表だ」
アキハは床についた両手を強く握り締めた。
「ここじゃないんだよ!」
その時アキハは、とにかくこの場所には居たくないと願った。その願いのエネルギーが引き金となり、ここでアキハの【業】が初めて発動した。
とは言え、無意識によるものだったので【業】は無制御で発動していた。
後に『心の虚穴』と名付けられる【業】は、スナック店内の床全てを虚空へ繋がる穴と変え、スツールやソファ、テーブル、哀れな女性の遺体、さらにはカウンターもろとも、今苗はおろかアキハまでもを漆黒の腹の中に飲み込んだ。
落下しながらアキハは思った。
――ああ、また堕ちてしまう。こんなことでおばあちゃんの元へたどり着けるわけがない。
天国へ上りたい。堕ちるんじゃなく上っていくにはどうしたらいいの。
落下のショックで足がびくんと痙攣を起こし、アキハは布団の中で目を覚ました。
授業中などに大きな音を立ててしまい失笑を買うアレだ。
――最近、嫌な夢ばかり見る。
パジャマ姿のアキハは、のそのそと布団から起き上がり、窓へ近づいてカーテンを開けた。
そして、胸の奥から可笑しさが込み上げてきて自然と肩が揺れる。
窓は外の景色が貼り付けられた壁だった。
「ここ、ほんとウケる」
何度も同じことをやり直しさせられるものを、アキハは二種類しか知らない。
ゲームか、刑務所か、だ。
刑務所に関してはかなり誤った偏見に基づいていたが、囚人のイメージといえば繰り返し作業をさせられるというものだった。
ここは、ゲームか刑務所か、はたまたその両方か。
何の説明もチュートリアルもなく始まったこの状況の中で、アキハの心はゆっくりと溶け消えていく。
アキハは同じことを繰り返した。
パジャマからワンピースに着替え、左腕に包帯を巻いてオレンジジュースを飲む。
たまに自宅を出て祖母の店を懐かしんだが、店のさらに先がどうなっているかは興味が湧かなかった。
店にいても、自宅で待っていても、いつかは必ず他の人間と出くわした。
ここの人間は好戦的か、恐怖に精神を侵された者の二種類しかいない。
ある者は今苗のように襲いかかってきて、ある者は「ここは地獄である」と恐怖を伝染させようとした。
その度にアキハの【業】は発動し、危害を加えるような人間や、ここが地獄だと主張する人間を、自分もろとも闇に堕とした。
その後は自宅で目覚め、着替え、巻いて、飲んだ。
アキハは同じことを繰り返した。
だが次第に、同じではなくなっていった。
出会う人間に対して興味を持つのに疲れ、問答無用で消えて欲しいと願うようになった。
二度三度と同じ人間に遭遇することもあり、今苗が言った「何度も生き返る」という言葉が真実味を帯びる。
さらにはその今苗本人とも再会することもあったため、その時は即座に葬る必要があった。
そんなある時、任意のタイミングで【業】を発動させ、かつ穴の範囲を定められることを発見する。
床に手を当て、頭の中で開けと命じる。すると自分の足元はそのままに、標的の周りにだけ穴を開けることができたのだ。
このことにより、事故らない限りは自分が落下することはなくなり、繰り返し作業から着替えと包帯巻きがいらなくなった。
オレンジジュースはパックの底をついた。死ななければ誰も補充してはくれない。
もうその頃には、アキハの心はすっかり溶けきっていた。
02-16 へつづく
※次回更新は月曜日です
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