02-14
天国・地獄・大地獄 第二話「高遠アキハ」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「ナースだったんだっけ?何やったか知らないけど、地獄に向いてない性格してるよね」
――今、地獄と言ったのか?
アキハは今苗の言葉を心の中で反芻する。今いるこの場所を地獄と言ったのか。比喩としてか、それとも。
今苗は喋りながらも手を動かし、女性の頭皮を毛髪ごと瓶で抉り取っていく。
生ハムを原木から切り落とすかのように剥ぎ取った女性の皮を、今苗は自分の左側頭部――先ほど自分で皮膚を剥ぎ取った箇所――にあてがって、アキハの方を向いて言った。
「サイズ、合ってる?」
アキハは膝に力が入らなくなり、その場にへたれ込んだ。
今苗が手を離しても、女性の皮膚は張り付いたまま落ちない。張り付いた皮膚が、彼の露出した肉肌に癒着しているようだ。
そしてついには継ぎ目が消えてなくなった。
「ああくそ、女の前だと止まんねえ」
今苗は、今度は胸のあたりを掻き始めた。
Tシャツをまくし上げて心臓のあたりを掻きむしる。露わになった今苗の上半身を見て、アキハの恐怖はさらに増す。
その身体は、まるでかの「フランケンシュタイン」に出てくる怪物の如く、様々な質感の皮膚の継ぎ接ぎになっていた。
これまで今苗が剥ぎ取ってきたであろう、被害者たちの皮膚による残酷で精美なパッチワーク。
アキハの直感が告げている。ここにいてはいけない。このままでは、自分もあの一部にされてしまう。
咄嗟に身体を向けたのは、今いる場所から一番近い扉、店の入り口だった。
力の入らない膝を奮い立たせ、カウンターにしがみつきながら必死に出口へ向かう。
その動きを今苗は見逃さなかった。瓶を握りしめ、アキハへと向き直る。
アキハの状態を見やり、俊敏な動きができないと悟ると、胸を掻きむしりながらゆっくりと近づいていく。
「怖がんなくていいよ。地獄じゃあね、何度死んでも生き返れるんだ」
また地獄と言った。
「何度も生き返るってことは、何度も死ぬってことだけどねえ」
何がおかしいのか、今苗は笑いを押し殺すように身体を震わせる。
「言わないで」
アキハは振り絞るように声を出した。
「ん?」
「地獄って言わないで」
今苗はアキハの物言いに興味が湧いたらしく、足を止めた。
「どういうことかな?」
アキハはカウンターに背中を預ける形でなんとか姿勢を保ち、今苗を睨みつけた。
「アッシは、天国にいるおばあちゃんに会うため、ここに来たんだから」
「おばあちゃん、天国に行ったんだ?」
「地獄に堕ちるわけない」
「ふうん。おばあちゃんに会うためか」
今苗は胸を掻きむしりながらニヤニヤしている。
「なんとなく想像つくんだけど、それつまりさ、自分の意思で現世とオサラバした?」
「そう」
「ああ、やっちゃったな」
今苗は大袈裟にかぶりを振って、瓶を持っていない方の手を額に当てた。
「え?」
「なんにもわかってない、甘ちゃんだ」
「なにが」
今苗は舌舐めずりをしてアキハを見る。
「はっきり言っちゃうよ、俺?」
「……」
「全部ほっぽり出して逃げた奴が、天国なんか行けると思ってんの?」
「……」
「自分で死を選んだとしてもさ、自分だけが消えてオシマイってわけにはいかんのよ。お前はそんなんでも、世界の一部だったわけ。てことは、お前はその世界の一部を破壊しちゃったんだよな。天国なんていう高尚なトコは、そんな身勝手な奴が行けるほどガバくないのよ!」
自分が世界の一部。アキハはそんなことを露も思ったことはなかった。
意思とは無関係にこの世に産み落とされ、勝手に部品の一部としておいて、世界はアキハを助けたか。
どんなに苦しい哀しい時でも、世界がアキハと祖母に手を差し伸べた試しはなかった。
それなのに、世界から剥がれ落ちた、たった一片のかけらを世界は許さないというのか。
「ああ、お前、抜群にカユいな!」
今苗は満面に愉悦の表情を浮かべ、着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。
今苗の全身の肌は、今やひび割れた乾田のように赤い亀裂が無数に走り、ところどころで剥がれかけている。
02-15 へつづく
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