02-12
天国・地獄・大地獄 第二話「高遠アキハ」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
男はフロアの方へ戻っていった。
アキハは一瞬迷ったが、自宅の方へ戻っても仕方ないと思い、恐る恐るバックヤードからフロアに出た。
男はカウンター内をあさっている。
「お、ウーロン茶ならあるよ。飲む?」
男がペットボトルのウーロン茶をアキハに見せるが、アキハは首を横に振る。
「大丈夫です」
自宅でオレンジジュースを飲んでいたので、実際に喉は乾いていなかった。
「そっか。じゃあ、悪いけど俺一人でやらせてもらうよ」
男は、一組しかないソファ席の片方にどしんと座り、焼酎を瓶のままあおった。
その際、男の左腕にも数字の入れ墨が彫られているのがちらりと見える。
――お揃いの入れ墨?なんかいやだな。
アキハは偏ったイメージで、海外の刑務所において囚人に入れ墨が彫られているところを想像する。
番号までは細かく見えなかったが、紅く彫り込まれている。同じ境遇の証なのか、それとも。
「いや最高。まさか酒にありつけるなんて思わなかったからさ。この店、まじで最高」
男は陽気に拍手している。
アキハはカウンター横に立ち、感触を確かめるようにカウンターのへりを撫でながら男に質問する。
「この店には、来たことあるんですか?」
「いや、ないよ。何、君知ってるの?ここ」
「おばあちゃんがやってたお店なんで」
男は大袈裟に驚いた表情を作った。
「そっか。なるほどね。そういうことね」
男はふたたび焼酎瓶を口に当てる。
「そんなとこに立ってないで、座ったら、ここ、どうぞ」
反対側のソファを手で指しながら、男は瓶でアキハを手招いた。
「あ、別にお酌しろなんて言わないから」
「ここで大丈夫です」
子供心に記憶のある酒癖の悪い客を思い出し、アキハは警戒心を解くことができない。
「ああ、ごめんね。すっかり怖がらせちゃったね」
男は、刈り上げた毛の生え際あたりを掻く。
「何しろ酒なんて飲むの久しぶりでさ。あ、俺は今苗リュウタ。よろしくね」
「高遠アキハです」
今苗リュウタと名乗った男は、おっ、という表情でアキハを見る。
「名前、思い出してるんだ」
思い出すとは一体どういう意味だろう。アキハは怪訝な顔をした。
「あれ?接続してすぐ来たつもりだったんだけど、もしかして目覚めてから結構経ってる?」
「まあ、一時間も経ってないと思いますけど」
接続の意味も不明だし、結構な時間というのがどのくらいかもわからなかったが、アキハは嘘偽りなく答えた。
今苗の視線が好奇なものに変わる。
「それで、ここに来る前のことは?」
今苗が核心をつく質問を投げかけてきたことが直感でわかり、アキハは唾を飲んだ。
「アッシ、あ、私。死んだはず、なんです、よね」
突拍子もないことを言っている自覚から、言葉が上ずってしまう。
しかし、嘘をついたところで何もならない気がして、アキハは認識している通りのことを口にした。
「すごおい!」
今苗は突然大声を上げ、手を叩いて喜んだ。
「え、なに?最初から記憶あったってこと?そんなことあるんだ!」
何がすごくて今苗がはしゃいでいるのか、アキハにはまったく理解できない。
今苗は興奮が抑えられないといった様子で、再び生え際を掻きむしる。
「君、すごいレアケースかもよ。ここにいる連中、みんな自分が死んだことに気づいてないから」
今苗はさらりと異常性のあることを言った。だがその言葉がアキハにとっては的を射たことのように聞こえるから、それもまた異常だった。
それはさておき、今苗の異常性はその行動に現れ始めていた。さっきからずっと左手で左側頭部の生え際を掻き続けているが、どんどん手に力が入っていき、頭皮に血が滲んでいる。
「あの、血、出てますけど」
アキハが指摘しても、今苗は手を止めない。
「いやそうか、すごいな君。でも、いいことあるかなあ、それ」
今苗の左手の爪はついに頭皮を破り、耳の上から鮮血が吹き出した。
02-13 へつづく
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