02-11
天国・地獄・大地獄 第二話「高遠アキハ」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
アキハの心は嫌悪感に満たされていく。
――どこのどいつが乙女の柔肌にこんなものを。隠さなくては。ワンピースは半袖のため、丸見えになるのは避けたい。
アキハは別の棚にしまってあった救急箱をあさり、包帯を取り出して左腕に巻いていく。
巻き終わってから、この部位の包帯はまるで象徴的な傷を隠しているように見えることに気づく。
――包帯を巻いているのにわざわざ半袖を着るなんて、ちょっとイタい不気味ちゃんかな?
まあでも。アキハは思考を切り替えた。
地雷系の服と相まって、ある意味ファッションの一貫、アクセントのように見えるかも知れない、と。
とにかくこのワンピースに着負けないためには、なんでも前向きでいこう、アキハはそう思った。
改めてワンピースを手に持ち、背中のジッパー部から両足をスカートの中に入れ、両袖を通す。
後ろ手に腰のファスナーをゆっくり上げていく。が、途中で手が届かなくなってしまい苦戦する。
昔は祖母に手伝ってもらって着ていたことを思い出してアキハは目に涙を浮かべた。
なんとかファスナーを上げきると、小学生時代に買ったとは思えないほど、ぴったりのフィット感であった。まるで今日この瞬間に着られるようあつらえてあったかのようだ。
スカートに生足はスカスカして心許ないので、別のケースから黒のニーソックスを探し当てて履く。
よし、と鼻を鳴らして立ち上がり、地雷系ファッションに身を包んだアキハは改めて玄関へと向かった。
ここが死後の世界かも知れないという推論は、むしろアキハの心を落ち着かせた。例え夢であっても、覚めない夢ならばそれでいい。あの現実に戻されることだけは全力拒否、そんな思いだった。
今度は学校用の黒いローファーを履き、アキハはドアノブに手をかけた。未だに落下し続けているのではという想像が頭によぎるが、新たな展開を求めて、アキハはドアを押し開いた。
しかし、ドアの先に待っていた展開は、あまりに斬新すぎてアキハの思考を停止させる。
ドアの向こうは、公営住宅の階段室でも、落下中の宇宙空間でもなかった。
どこからどう見てもそこは、飲食店のバックヤードだ。
そして、アキハにとっては見覚えがありすぎる場所であった。
こぢんまりしたキッチンスペース、従業員用の荷物置き場、更衣室。ところ狭しと床に置かれた段ボールには、酒などのドリンクが詰まっているのだろう。
ここは、どう見ても祖母のスナックのバックヤードだ。子供の頃から何度も出入りしている馴染みの場所。
確かこのドアは、非常階段へと出られる裏口のはずだったが、振り返ってドアの向こうを見ると、そこは間違いなくアキハの自宅。
わけがわからぬまま、アキハは後ろ手にドアを閉める。すると、フロアの方から男の声がした。
「誰かいるのか?」
アキハの心臓は高鳴った。ここで初めて出会う人間だ。
一体誰がいるというのか。
ここが祖母の店だとしたら、もしかしたら店の常連かも知れない。
久しく店には顔を出していないが、アキハがまだ小さな頃には、アキハを店のマスコットのように可愛がってくれた常連客も多かった。
声の主がバックヤードの入り口から顔をのぞかせた。立ち尽くすアキハを見つけ、少し警戒感が解けたような顔つきになる。
男は、三十になるかどうかの見た目をしていた。ツーブロックに刈り上げて短くまとめられた髪型からは、遊び人らしい夜の気配が漂う。
だぶついた半袖Tシャツにジーンズというラフな出で立ちで、焼酎のボトルを手にバックヤード入り口で寄りかかっている。
アキハの記憶の中では、見覚えのある顔ではなかった。
「君、そっちの部屋から来たの?」
男は、アキハの全身を舐めるように見つめながら言った。
「そうです」
アキハは身を固くしたまま答える。
「ドア開けたの、はじめて?」
「はい」
一度目は落下中だったが、これが実質はじめてのようなものと思った。
「そっか」
男は、にいっと笑顔を見せた。
「こっちおいでよ。なんか飲む?あ、未成年かな」
02-12 へつづく
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