02-08
天国・地獄・大地獄 第二話「高遠アキハ」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
母親は手を預けているドアの上部を、神経質そうに指で叩いている。
「そう。おばあちゃん、こんな状態じゃもうあの家には住めないでしょ。だから新しい家を作ってあげなきゃ」
なんでお前はそんなことも判らないんだ、という語り口だ。アキハは汗ばんだ背中に冷風が当たったような気がして身震いがした。
「いや、待って。おばあちゃん、もう死んで……」
「死んでない!」
アキハを遮って母親が叫ぶ。
「死んだら年金が止まっちゃうんだよ。あてにしてたんだからさ、困るんだよ」
唐突にお金の話が飛び出して、アキハは面食らう。年金が止まるのは当たり前のことじゃないのか。
死んだのを隠して貰い続けたら、それは詐欺、犯罪だ。
「だから死んでないんだけど、うちにはもう住めないから、おばあちゃんはここに住むの。たまに会いにきてあげよ、ね。ほら、行くよ」
母親は早口でまくしたて、祖母の遺体を少し引っ張り出す。
「ほら、早く持って!」
「お母さん!」
たまらず、アキハは母親の肩に掴みかかった。
「おばあちゃん死んでるんだよ!しっかりしてよ!ちゃんとお葬式しようよ!」
「うるさい!」
母親はアキハの手を乱暴に振りほどいた。
「ああ、だったら死んだことにしていいよ!でもうちには葬式するお金なんかないし、お墓だって買えないんだからさ!そういう遺体は国に持ってかれて、研究のためにバラバラにされて、最後は焼かれておしまいなんだって!」
墓がないのは事実だった。祖母は維持費がかさむとして、寺に頼んで先祖の墓は撤去し、合祀してもらっていたのだ。
しかし遺体がどうこうというのは無茶苦茶な理論だった。無縁仏の行く末を、誤った知識で塗り固めている。
だが欺瞞に満ちた言葉の鎌は、アキハの心を切り刻むには充分な切れ味を持っていた。
「だいたいさ」
さらに用意周到なことに、母親はアキハの心をより深く抉る武器を用意していた。
「おばあちゃんと一緒に住めなくなったの、誰のせいよ」
母親はアキハを見下ろすように言い放つ。
「あんたがちゃんと面倒見てあげなかったからでしょ」
「私が?」
――おばあちゃんを殺した。
私がもっとしっかりしていれば。
かわいそうなおばあちゃん。幸せをいっぱいくれたおばあちゃんに、もっと幸せを返してあげたかった。
ごめんなさい、ごめんなさい、おばあちゃん。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
うっすらと感じながらも理性が認めまいとしていたことが、母親の言葉によってはっきりとした事実となり、アキハの心に深く深く刻まれた。
そして誰もそれを否定しなかった。
それから、アキハの記憶は途切れ途切れになる。
アキハが断片的に覚えているのは、主に穴を掘っているときのことだ。
もっと深く掘りなさいと命令され、シャベルを土に深く差し込んだ際、まるで刃物を生き物に突き刺しているように感じた。
シャベルを差し込む度、地面が「痛い」と悲鳴を上げる。広がっていく穴は傷口のようであり、アキハを飲み込もうとする口のようでもあった。
傷つけられた地面が仕返しにと、今にもアキハに喰らいつこうとしている。
次に覚えているのは、祖母の遺体を穴の底に横たえた直後だ。
土をかぶせる度に祖母をくるんだ毛布が見えなくなっていく様は、穴が祖母をゆっくりと飲み込んでいくように見えた。
自分の身代わりに祖母が地面に喰われていく。アキハは心の中で謝罪を繰り返していた。
その後は車内で揺られているシーン。
どのように車に戻ったかは覚えていなかったが、アキハは助手席で放心状態だった。
母親がずっと語りかけていたが、内容はほとんど頭に入っていない。だが母親が金の話をし始めたところからは、鮮明に覚えている。
「これからはあんたにも働いてもらうね。高校は辞めちゃっていいから」
「兵頭さんがいい仕事を紹介してくれるって」
「一緒に頑張ってお金稼ぐよ」
02-09 へつづく
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