02-07
天国・地獄・大地獄 第二話「高遠アキハ」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
母親に両方の服を見せ、ワンピースのことを説明しようとした瞬間、母親が怒声を上げた。
「なに馬鹿なこと言ってんの!」
スカートなんか履いていけるわけがない。できるだけ動きやすい格好がいいの、と言って母親は自分の支度に戻る。
アキハは混乱した。葬儀場へ行くのにどうして動きやすい格好が必要なのか。
明確な回答が得られないまま、アキハは無難なパンツ姿に着替える他なかった。
それから出発まで、しばらく時間を要した。母親は携帯電話にかじりついて何か調べ物をしている。
そうこうしているうちに、祖母の身体が腐ってしまうのではないかとアキハは恐れた。
祖母の身体が祖母のままであるうちに、お別れしたいのに。そう思いながら溶け始めていたロックアイスを交換する。
ようやく母親が「行こう」と言い出したのは、深夜一時を回ってのことだった。
昨晩からずっと祖母の看病をしていたアキハは眠気と戦っていた。車の中で寝てていいから、と言いながら、その前にひと仕事してねと母親はつけ加えた。
ひと仕事というのは、祖母の遺体を毛布でくるんで車に載せることだった。
死体遺棄の意味を細部まで理解していなかったアキハは、「うちはお金がないんだから」という母親の言葉に流されるまま、遺体の片方を持ち上げた。
公営住宅の駐車スペースに、兵頭の車は停めてあった。
母親は車をなるべく玄関に近い場所に停め直し、アキハと母親は、慎重に祖母の遺体を後部座席に横たえた。
車を発進させた母親は、着いたら起こすから寝てなさいと、助手席のアキハに声をかける。
アキハはちらりと後部座席に目をやった。思えば、祖母と車に乗るなんて何年ぶりのことだろうか。
これがおばあちゃんとの最後のドライブになるのか、と思いを巡らせながら、アキハは窓ガラスに頭を預けて眠りについた。
車の振動に身体を揺すられアキハは目を覚ました。
窓の外に目をやると、暗闇の中を時おり照らし出す街灯のおかげで、どこかの山道を走っていることが判った。
携帯電話の時計表示は、自宅を出てから二時間近くが経っていることを示している。
ここどこ、と母親に尋ねると、「いま停められるとこ探してるから」と答える。
ちっとも答えになっていない。一体どこの葬儀場へ向かっているのか。アキハの心に困惑が広がる。
にわかに目の前の景色が開け、巨大な鉄橋の上部構造のアーチが目に飛び込んだ。車はスピードを速めて鉄橋を渡り始める。
アキハは身を捻って鉄橋の下を覗き込んだ。月明かりによって、深く切れ込んだ谷が遥か彼方に続いているのが見える。思っている以上の山奥であることに気づく。
「ねえ、どこなの!?」
たまらずアキハが声を荒げるが、母親は答えない。
それ以降、母親はアキハが何を言っても無言でハンドルを握り続けた。
アキハは諦め、携帯電話の位置情報で自分の居場所を調べることにした。
なかなか入らない電波がかろうじて繋がったとき、自分が隣県の山奥を走っていることが判明した。
母親が何を考えているのか、アキハにはまったく理解できない。鋭い眼光でフロントガラスの先を見つめながらハンドルを握る母親には、鬼気迫るものがあった。
鉄橋から十五分ほど走らせたところで、母親はようやく車のスピードを落とした。車を停めた路肩は林道の入口らしきものがあり、やや開けたスペースになっている。
「行くよ」
車から降りた母親は、トランクのボストンバッグから懐中電灯を取り出した。トランクにはバッグの他に、大きめのシャベルが一本収められている。
それを見たアキハの心は激しくざわついた。母親の考えていることが、ようやく判ってきたのだ。
「説明して、お母さん」
後部座席のドアを開けた母親に、アキハは言葉を投げかけた。母親は、さも面倒だという表情を隠そうともしないでアキハを見た。
「おばあちゃんの、新しい家を作るんでしょ」
聞き間違いだとアキハは思った。
「家?って言ったの?」
02-08 へつづく
Xで情報発信中!
https://x.com/Koh_Serra




