02-06
天国・地獄・大地獄 第二話「高遠アキハ」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
明け方、うとうとしてしまったアキハは、はっと顔を上げた。祖母の口元からは喘鳴が消えていた。
良くなったのかな。そう思いたかったが、呼吸の音すらも聞こえないことに気づく。
「おばあちゃん」
話しかけながら祖母の口に手をかざす。息は触れない。
「おばあちゃん」
手首の脈を探すが、こちらも触れない。
「おばあちゃん」
祖母の手を握りながら、アキハは大粒の涙を流し続けた。
いつまでも止まらない涙に、自分も体中の水分が抜けて死んでしまわないかと期待した。おばあちゃんが行くところに一緒に行きたい。そんな一心で手を握り続ける。
涙が落ち着いてきた頃、アキハは携帯電話を手にとって母親に電話をかけた。今夜は店を閉めた後に夜勤のアルバイトをしているはずだった。
もしかしたら出ないかも知れないと思ったが、何コール目かで母親が出た。
母親はすぐに察した。もうすぐ仕事が終わるから、おばあちゃんを見ていて。梅雨前だけど蒸し暑いから、クーラーは入れなさい。そう言って電話を切った。
人が死んだとき何をしたらいいかなど、アキハには判らなかった。祖母が死ぬなんて考えは毛頭なかったため、その類の知識を入れておくということもなかったのだ。
本来なら医者に死亡診断をしてもらうところだが、祖母にかかりつけ医はいない。この場合、警察に通報しなくては罪に問われる可能性がある。
しかし、絶望と空虚に支配されたアキハには、母親の言う通りに祖母の遺体を見守っていることしかできなかった。
ようやく帰宅した母親は、袋入りのロックアイスを大量に買っていた。本当はドライアイスなんだけど、と袋を祖母の胸から腹の上に置いていく。
「溶けてきたら冷凍庫のものと交換して」
そう言って、母親は自分の布団に入ろうとする。
アキハは慌てて、この後どうするのかを母親に質問した。母親は眠い目をこすりながら言った。
「兵頭さんが夜になったら車を貸してくれるから。あんたも今日は学校休みなさい」
母親は着替えもせず布団に入り、眠りについた。
兵頭さんというのは、母親の交際相手のことだった。
車でどうするの?おばあちゃんを葬儀場に連れて行くの?なんで夜まで待たなきゃならないの?
判らないことだらけだったが、とにかく車が来ればなんとかなると信じ、氷の溶け具合を監視した。
夜遅くになって、兵頭が車でやってきた。
玄関先で母親が何度も頭を下げている。絶対に汚すなよ、と言って兵頭は帰っていく。
母親はアキハに、出かける準備をしなさいと声をかけて着替え始めた。
アキハは、これから葬儀場で祖母とお別れするのだと思い込み、衣装ケースの中から黒い服を探した。
探しながらふと、学生は制服でいいんだっけと、なけなしの知識が頭をよぎる。
探す手を止めようとしたとき、ケースの奥にしまわれていた黒い服が目に留まる。
そっと取り出したその服は、袖口やスカートに申し訳程度のフリルがついたワンピースだ。
小学校高学年の頃、地雷系ファッションに傾倒した時期があり、祖母が買ってくれたものだった。まだ病状が軽かった時のことだ。
これを着て外出した記憶はないが、たまに家の中で着てみせて祖母を喜ばせたものだった。
さすがにお葬式でこれはまずいかな。そう思いながらも、服を身体に合わせてみる。ややきつそうだが、着れなくはなさそうだった。
小学生の頃から身長があまり変わっていないことに、アキハは苦笑した。
きっと制服がいいんだろうけど、最後におばあちゃんに見せてあげたい。そう思い、ワンピースと制服を片手ずつ持って母親の元へ戻る。
02-07 へつづく
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