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天国・地獄・大地獄  作者: 瀬良浩介
第二話「高遠アキハ」

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02-05

天国・地獄・大地獄 第二話「高遠アキハ」


ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!

 アキハはいわゆる、ヤングケアラーとなった。

 しかしアキハはその言葉を知らなかったし、そう言われたこともない。知っていたところで、その言葉はアキハを助けはしなかったろう。


 何しろアキハにとってこの生活は『普通』だったのだ。

 みんなそれぞれ大変なことはあるんだし、と自分に言い聞かせた。

 友達に遊びに誘われても断るしかないので、自然とクラスメイトからは距離を取るようにした。

 そもそも友達付き合いがそんなに上手ではなく、一人でTVゲーム等をしているのが好きだったので、苦にはならなかった。


 介護生活での唯一の救いは、一度寝入った祖母は朝までしっかり寝てくれたことだ。

 時おり深夜まで付き合わなければならない日もあったが、おかげで睡眠不足とは無縁だった。

 もともと勉強ができる方ではなかったし、学力が極端に低下するような影響もなかった。


 しかしそれはアキハにとって肉体的な救いに過ぎず、彼女の苦境を周囲の大人から見えないよう覆い隠してしまい、誰も本当の状況を理解できない原因となったのだった。


 十五歳の春。高校入試が終わり、アキハは無事に公立高校への進学が決まった。


 その頃の祖母の症状は一進一退を繰り返しながらも確実に悪化していた。

 徘徊が減った代わりに運動量低下が肥満を招き、母親は食事制限をアキハに命じる。

 だんだんと量が減らされていき、次第には少量の粥と水だけになってしまった。

 さすがにかわいそうだとアキハは母親に訴えたが、これは一時的なもので、祖母の状態が良くなれば元に戻すからと説得された。


 アキハは、高齢者介護のプロである母親を信じた。しかし、入学式を目前にしたある日、母親の言動に不信感を抱かせる出来事が起きる。


 それは、母親が用意してくれた高校の制服を見せられた時だった。

 制服はご丁寧にもビニール袋がかけられ、折り目正しくアイロンがかけられていたが、よくよく見ると、ところどころに着古された跡が見えた。

 新品を買ったと主張する母親を問い詰めると、中古をタダ同然で譲ってもらったことをついに白状した。


 これまで、家計を節約してきた状況はすべてアキハのためだと説明されてきた。アキハが過不足なく学校生活を送っていけることが、祖母も望んでいることなんだと。

 しかしここにきて、アキハは母親の欺瞞(ぎまん)を嗅ぎ取った。節約した金は一体どこへ消えているのか。


 追求しても母親ははぐらかし、暴力でアキハをねじ伏せた。祖母のことを引き合いに出されると、アキハは折れざるを得なかった。

 日に日に痩せ細っていく祖母を見て、もうあの頃の祖母は戻ってこないことを確信し始めていた。


 高校に入ってからも、中学のときと同様の生活をアキハは送っていた。

 十六歳の誕生日は、当然ながら誰からも祝われることはなく、祖母の枕元で自分のためにバースデーソングを歌った。


 ある日、いつものように祖母の上半身を起こして粥を食べさせている時、祖母が激しくむせ込んだ。

 嚥下(えんげ)能力が低下しているためか、むせることは珍しいことではなかったので、いつもの事としかアキハは感じなかった。


 しかしその数日後、祖母は高熱を出した。


 この数年間、祖母が風邪を引いたりしても病院には行っていない。ドラッグストアで買ってきた感冒薬を飲ませて回復を待てば、いつかは治っていたからだ。

 しかし今回はこれまでと違っていた。いつまで経っても熱は下がらず、常に喘鳴(ぜいめい)が続いて息が苦しそうだ。


 祖母は、誤嚥(ごえん)からくる肺炎を起こしていたのだが、アキハには原因がわからず心はパニック状態だった。

 そんな状態でも母親は病院へ行こうとせず、救急車を呼ぼうとするアキハの携帯電話をひったくる。


 明日にはきっと熱が下がる?アキハにはとても信じられないことだった。


 その日の夜、アキハは寝ずに祖母のそばにいた。

 喘鳴はどんどん弱弱しくなっていく。

 しかし、額の濡れタオルを何度か取り替えているうちに、体温が下がってきたことに気づいた。


 よかった、このまま熱が下がってくれるかも知れない。


 アキハは内心ほっとしたが、その実、熱が下がった理由は別にあった。

 祖母の身体からは、熱を起こす力すら消え失せようとしていたのだ。

02-06 へつづく

※次回更新は月曜日です。


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