02-03
天国・地獄・大地獄 第二話「高遠アキハ」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
アキハの家庭は、母親と祖母との三人暮らしだった。
祖母はなかなか良縁に恵まれなかったとかで、母親を産んだのは世間一般よりも遅かったとアキハは聞かされていた。
祖父は母親がまだ幼い時分に病気で他界し、それから祖母は女手一つで母親を育て上げてきたのだ。
祖母の収入源は主に夜の仕事だった。
昼はパート、夜は場末の小さなスナックで働く日々。
苦労は多かったが、持ち前の明るさで周囲の助けを得、常連客の人気を博し、いつか店を継いでママとなった。
母親はそんな祖母を見て育ち、さもそれが自らが進む道と確信するかのように、なんの抵抗もなく夜の業界へと若くして飛び込んだ。
そこで出会った客のひとりと行きずりの関係を持ち、ついには未婚の母となる。
そうして誕生したのが、アキハだった。
祖母は母親がシングルマザーとなったことに大きな責任を感じた。常々、自分がこんな女だからいけなかったんだと周囲にこぼし、子育てに注力できなかったことを悔いた。
その自責の念はアキハへの愛情に転嫁され、祖母は大いにアキハをかわいがった。
当然のようにアキハは、おばあちゃんっ子となっていく。
祖母と母親は、アキハを育てるために必死になった。
母親は一念発起し介護の仕事で正社員となる。
母親が夜勤の夜は祖母が店でアキハの面倒を見、休みの日は母親がアキハをおんぶして店を手伝いった。
常連は気を利かせてアキハの前ではタバコをやめた。
祖母は様々な影響をアキハに与えた。
アキハが祖母と過ごすときには、祖母が好きだった歌謡曲やヒットソングがよく流れる。
そのためアキハは同世代が聴かないような古めの音楽を好むようになった。
そして一番の影響は、祖母の独特な一人称だった。
「アッシはね、世界で一番、アキちゃんが好きよ」
「アッシも、おばあちゃん大好き!」
母親は、祖母の口癖がアキハにうつることを良く思わなかった。
祖母に懐いているアキハの前では顔に出さなかったが、いい加減に直すようにと、口すっぱく祖母に説教をすることもあった。
しかし祖母は直す気がさらさらなく、「これはアッシのおばあちゃんからの遺伝なんだからね」と、うそぶいた。
変化が始まったのは、アキハが小学五年生、祖母が七十歳を目前に控える年の秋頃だった。
はじまりは、祖母が仕事上で起こすちょっとしたミス。
常連客のオーダーを間違えたり、発注数を間違えたり、小料理の調味料を入れ忘れたり、などだ。
小さなミス、それが日増しに増えていく。
歳だわ、やあね。と笑っていた祖母も、次第に笑顔が消えていき、ついには店を回すのに支障をきたすレベルにまでケアレスミスは増加した。
家の中でも明らかに様子はおかしくなっていた。
激しい夕立の中、干しっぱなしの洗濯物をぼんやりと眺めていたり、味噌汁を作ると言って鍋を空焚きしたり。
ある時、リンゴを剥いたから食べな、と祖母に出されたくし切りのひとつを手に取ったアキハは、触った時のぬめりと臭いに違和感を感じた。
それはリンゴではなく生のジャガイモだった。
アキハは、大好きなおばあちゃんが少しずつ壊れていってしまう不安感に苦しみ、母親に何とかしてくれと頼み込んだ。
母親は介護施設で働いていたため、症状に見当がつく。
祖母の年齢にしては発症が早い方だったが、認知症の一種だろうと推察していた。
何とかしたいのは母親も同じだったが、祖母を医者に診せることは最終的に諦めた。
それは、祖母が「自分は何ともない」と言い張って病院へ行くことを拒んだこともあるが、医療費が家計を圧迫することを恐れたことも要因であった。
祖母はこのまま家で生活させることになった。
当座はそれでよかった。
02-04 へつづく
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