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「天国・地獄・大地獄」-序章-
今エピソードでついに完結です!!
「行こう。もう濡れんのやだ」
地雷女が踵を返す。
怪物が夏服男を小脇に抱えて後に続く。
待ってくれ、俺は置いてかれるのか?
「償うって、何をするんだ?」
俺の震える声に地雷女は立ち止まり、小さく息を吐いて半身だけこちらに向ける。
「この水は、あんたの【業】。
あんたはこれから自分の【業】に襲われる。
だから、あんたにしてみりゃ『罠』と言ってもいい」
罠?水に襲われるってなんなんだよ。
「部屋は壁に囲まれて穴もない。
そこの唯一のポータルも、ウッシーがコピーしたセメントの【業】で隙間なく埋める」
「便利やろ」
怪物が漆黒の瞳でウインクをした。
「つまり、この部屋はゆっくりと、……どのくらいかかんのかな?半日くらい?かけて、水に満たされる」
その言葉の先に待つ未来は、絶望と恐怖とともに脳裏に浮かび上がった。
俺は玄関に向けて、湿りはじめたカーペット上を這う。
しかし腰が抜けたのか、うまく力が入らない。
「いやだっ!死にたくない!俺も出してくれ!」
「大丈夫。死んでも生き返るよ」
またもや、地雷女が突拍子もないことを言う。
「自分のここ、見な」
地雷女が自分の左上腕に巻かれた包帯を指差す。
俺はシャツの左袖をまくる。
そこには三桁の数字が紅い墨で彫られていた。
499
「あんた一回死んでるの。
で、生き返ったから数字一個減ったわけ」
「生き返る?本当に?じゃあそれで」
「本当だって!必ずここに生き返るから」
地雷女は苛立ちを隠すつもりもなく、語気を荒げて俺の言葉を遮った。
「……え、ここに?」
「そう。この部屋があんたのリスポーン地点。
死んだら必ずここで復活するから、安心でしょ」
ちょっと待てよ。さっき、出入り口をセメントで埋めるって言わなかったか?
「生き返っても水の中じゃないかって?大丈夫。あんたの【業】は、あんたが死ぬと一旦消えんの。
記憶もね、辛かったこと全部さっぱり忘れられるから。
私たちのこと忘れたようにね」
地雷女はヒートアップしてきたのか、口調や身ぶり手ぶりががどんどん芝居じみていく。
「だから毎回、まっさらな気持ちで自分の【業】と向き合えるんだよ。いいじゃん!新品の靴に紐を通して、足を滑り込ませる時のあのドキドキ感!新作のゲームを最初に起動した時のあのワクワク感!あの新鮮な気持ちで、何度も、何度も、何度でも!水の恐怖を味わえるってわけだ!」
顔を紅潮させた地雷女が息を弾ませている。
高身長女がうつむき加減で首を横に振り、部屋の玄関の方へと歩いていく。
「先行くで」と怪物も地雷女を追い越していく。
この女が俺にしようとしている仕打ちに対して非難の声を上げる者はいない。
一層激しさを増して落ちてくる水滴が、背中を撃ちつけ押し倒し、床を舐めさせようとしてくる。
「鬼かよ……、お前」
心の底から、地雷女のことをそう思った。
情けない最後っ屁になるのはわかっていたが、言わざるを得なかった。
この女は、鬼だ。人じゃない。
そしてそれはどう考えても中傷の言葉だったのに、地雷女はそれを聞いて、嘘のように微笑んだ。
「残念、まだ違う。
でもいつか、アッシはそれになってみせる」
屈託のない笑顔を置き土産に、地雷女は玄関扉から出ていく。
なってみせる?鬼に?
ああ、そうだな、お前だったらなれるだろうよ。
閉まりゆく扉の向こうに消える背中を見つめる俺の心には、にわかには信じがたい感情が生まれていた。
俺は地雷女の笑顔を、かわいいと思っている。
その感情は、正しい心の機微なのか、はたまた混乱の極みの末の『せん妄』なのかの答えを出す間もなく、絶望によってあっけなく塗りつぶされ、忘却の彼方へと消え去っていくんだろう。
ふと、左腕の紅い数字が目に入る。499。
生き返ると数字が減るって言ったか?
じゃあ、あと499回生き返れんのか。
ああ、それってつまり、
あと499回死ぬってことだな。
俺は静かに、濡れそぼつカーペットへ身体を横たえた。
――こうして、地獄での俺の償いは始まった。
序章・了
序章はこれにて完結いたしました。
ご精読、まことにありがとうございました。
近々、「第一話」という体の「第二話」(ややこしい)
を連載開始予定です!
乞う、ご期待!!
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