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「天国・地獄・大地獄」-序章-
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「いや、助けなくていいって!
アッシが【業】を発動したってのは、そういうことでしょ」
高遠アキハが何かまくしたてている。
山吹さん、こんな女の言う事なんて聞かなくていいんです。
目の前で人ひとりの命が危険にさらされていたら、きっとあなたは助けようとするはず――。
いや待てよ。そういえばさっき、セメント男の処遇を決める話のとき――。
「ああ、そういうことですか。どうも、察しが悪くて」
悪い予感というものは、それなりのエビデンスが揃っているから的中するものなのだろう。
山吹サチは申し訳なさそうに左手を引っ込めてしまった。
もう、なんでだよ!
また高遠アキハの奸言によって、山吹サチが道徳心を引っ込めてしまう。
まるでせっかく剥いたバナナの皮を、わざわざ接着剤で貼り直すように!
どうしてあなたはそうなんですか!
しかし、山吹さんは一度手を引っ込めたものの、その道徳心までもを仕舞い込んだのではなかったようだ。
「でも、アキハさんが落とすのは見過ごせません」
それを聞いて心が弾む。
だいぶ揺さぶられたが、まだ見捨てられていない。
山吹サチは、弾け飛んだドアをつっかえていた杖が洗面台に引っかかっているのを見やると、それを掴んで俺の方へと差し出したのだ。
これなら手が届く。
助かった。
ああ、やっぱり俺は助けてくれる人がいなきゃだめだ。
やってらんないんだよ、どいつもこいつも俺に迷惑ばかりかける。
山吹さんみたいな人のそばにずっと居たい。
ここを脱出できるまで、ずっと俺を守ってくれ。
俺の伸ばした右手が杖に触れるかどうかという時、杖がまばゆい銀色に光り輝いた。
眩しさに目を細めた次の瞬間、胸の真ん中あたりに、軽く押されたような力が加わる。
目を開いて胸元を見ると、胸から何やら銀色の物が生えている。なんだこれ?
「私の【業】をお許しください。あなたの罪を、私が少しだけ負いますので」
それが日本刀のような刃物だということに気づいたのは、切っ先が俺の胸から引き抜かれたときだった。
杖が日本刀に変化して、俺の心臓を貫いたらしい。
もう、現実離れとか常識はずれとか、何も考える余力はない。見たまま、ありのままのことだ。
左手の力が抜け、高遠アキハの手首から離れて、ゆっくりと身体が落下し始めるのを感じる。
赤く染まった切っ先のその向こう、山吹サチの左腕の数字の下二桁の「09」が滲み、「10」へと変わったのが見えた。
そして眼前の景色は小さく遠ざかりながら、俺の意識とともに暗黒に飲み込まれていった。
※ ※ ※
稲妻が全身を走り抜けたような衝撃とともに俺は目を覚ました。
仰向けに寝そべっているが、背中に硬い感触がある。どうも床で寝ているらしい。
目に映るのは、ありきたりな白いクロスで覆われた天井と、一般家庭にありがちな天井据え付け型の電灯。
ゆっくりと体を起こす。というより、全身の筋肉がこわばっていて、ゆっくりじゃないと起きられない。
床なんかで寝てしまったせいだ。全身が汗ばんでいる。
悪夢にうなされていたような気がするが、夢の内容ははっきり覚えてはいない。
あたりを見回すと、こぢんまりした空間であることがわかった。
六畳一間のワンルームに、俺ひとり――ではない。
人の気配にぎょっとして振り返ると、そこには三人の男女が立ち尽くし、俺のことを見下ろしている。
年齢の幅は、十代後半から三十代といったところか。
真ん中の地雷ファッションぽい女が一番若そうに見える。身長も際立って低い。
地雷女の右手側の女はすらりと高身長だが、着ている服がどう見ても部屋着だ。
足元は薄っぺらいスニーカーだが、ある意味ファッションとしてでき上がっている。
左手側の男は半袖シャツの夏服社会人といった風貌で、これといった特徴はない。
余談だが、地雷女は腰あたりまで伸ばした黒髪がじっとりと濡れそぼっていた。他二人は乾いている。
こいつだけ風呂上がりか?
「あんたら、一体……」
そう言いかけた時、両足にまとわりつくような違和感覚え、足元を見る。
はじめは起き抜けで痺れているのかと思ったが、そうではなかった。
くるぶしのあたりで両足が拘束されている。
まとわりついているのは、なんだ?柔らかい石、いや、セメントが固まった、コンクリートか?
18 へつづく
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