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天国・地獄・大地獄  作者: 瀬良浩介
第一話「序章」

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「天国・地獄・大地獄」-序章-

ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!

 俺は気が遠くなっていくのを感じた。


 ワンポータル。つまり行き止まり。

 デッド・エンド。読んで字の(ごと)しだ。


「嘘だろ」


 俺は窓に駆け寄った。

 窓には上下にひねるタイプのクレセント(じょう)がかけられているが、どれだけ力を込めてもびくともしない。


 それは、精巧(せいこう)に窓を()した壁だった。

 まるで人をおちょくるように、遠くを流れる河川のきらめきまで緻密(ちみつ)に描かれた静止画を貼り付けた、壁。


「くそ、ないのか、他に扉は!」


 腰の高さまでしかないタンスをずらす。

 ベッドの下を(のぞ)き込む。

 トイレの収納棚の扉を開ける。

 俺はありとあらゆる可能性に賭け、部屋の中に隠し扉がないか探し回った。


「ないよ、きっと。ここは、そういうとこだから」


 それが徒労(とろう)に終わることは、高遠(たかとお)アキハがつぶやかずとも察することができていた。


 けれど、本当に(あきら)めていいのか。

 これで終わりでいいのか。

 あんな怪物に喰われて、それで。


「いいわけない!探せよ、何か、助かる方法を!」


 俺の咆哮(ほうこう)をよそに、高遠アキハはベッドに腰を沈めた。


「もう、いいや。疲れた」


 その目は虚空(こくう)を見つめ、光を失っていた。

 男たちに躊躇(ちゅうちょ)なく(かつ)を入れていた先ほどまでの気迫は微塵(みじん)もない。

 もはや生ける(しかばね)と化している。


 そんな姿を見て、また身体(からだ)の内側からふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。

 俺はまだ死にたくないってのに、お前がそんな腑抜(ふぬ)けてたら、共倒れになっちまうだろうが!


「ふざけんなよ!お前らが俺を連れ出してこうなったんだぞ。責任取れよ!」


 高遠アキハは俺の方を見もせず鼻で笑う。


「責任?なんで。ついてきたのはあんたの勝手でしょ」


「勝手もくそもあるか!こんな訳わからん場所に閉じ込められた俺は被害者だぞ!」


 もう、自分でも何をわめいているか判らない。

 とにかく、俺をこんな目に合わせたやつ全てが憎くて(たま)らないんだ。


 山吹(やまぶき)サチだけが、俺の味方だった。

 それなのに、あんなことになっちまうなんて。

 どうして、どうして、俺を助けてくれる人が誰もいないんだ!


「自分が被害者だとは限らない」


 高遠アキハが、天井を見上げてつぶやいた。


「どうしてここに入れられたか、心当たりない?」


 ゆっくりとかぶりを振って、こちらを向く。

 前髪が流れ、大きな二つの瞳が俺を見つめた。

 何かを連想させる。


 そうだ。歌舞伎(かぶき)役者というか、浄瑠璃(じょうるり)の人形のような、古典芸能じみた動きだ。

 突然、死者と会話をしているような錯覚に(おちい)る。


「あるわけ、ないだろ」


 本当に心当たりなんてないのに、まるで刑事の尋問(じんもん)に嘘をついているような背徳感(はいとくかん)に襲われる。

 確かに、記憶はほとんど戻っていないのだから、俺が前科(ぜんか)持ちでないという確証はない。


 けど、こんな目に合わされる理由ってなんだよ?

 一体どんなことをしたらこんな罰を受けるっていうんだ。


「そっか、まだぜんぜん記憶戻ってないか」


 その時、背後のスライドドアを開けようと、取っ手に力が入った気配がした。

 つっかえのせいで開かないので、がたがたと扉を揺すり始める。


 来た。

 全身の毛穴が開いていく。

 俺は恐怖に背を向けるようにして、高遠アキハを見続けた。


「じゃあ、お前は何をやらかしたか、思い出したのか?」


 高遠アキハも、扉の方をあえて見ず、穏やかに答える。


「アッシは無知で、馬鹿で、辛いことから逃げようとして、

 やってはいけないことをした。

 それを(つぐな)うため、ここにいる」


 高遠アキハがベッドから立ち上がる。


「正確には、()ちてきた」


 もはや、会話が成立しているとは思えない。

 こいつは言いたいことを言うだけ言って、まるで俺のことを気にかけていない。


 完全におかしくなっている。

 サイコパスなんかじゃない。恐怖に押しつぶされて精神が崩壊しちまってるんだ。


 スライドドアの向こうから、何かがぶつかるような衝撃音がした。ドアがびりびりと揺れる。

 怪物が体当たりをしているのだろう。

 俺は咄嗟(とっさ)に背中をドアに押し当て、体重をかけた。

15 へつづく


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