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天国・地獄・大地獄  作者: 瀬良浩介
第一話「序章」

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「天国・地獄・大地獄」-序章-

ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!

 振り絞るように山吹(やまぶき)サチが叫ぶと、それを合図にしたかのように、怪物がその口を大きく開けた。


 大きく、大きく、大き……いや、大きすぎる!


 口は耳元まで裂けていったかと思うと、そのまま極太の首から両肩の骨あたりまでぱっくりと開いていく。

 あの巨大な肩周りすべてが口だったのだ。


 そのアンコウのようなビッグマウス(巨大な口)が、山吹サチの頭から(おお)いかぶさろうとする。

 彼女は渾身(こんしん)の力で怪物の両腕をすり抜け、巨大な(あご)を両手で押さえた。


「早く!逃げてください!」


 かろうじて、山吹サチの腕力は顎が閉じるのを防いでいた。

 しかし、両手がフリーになった怪物は彼女の腰あたりを(つか)み、その身体を軽々と持ち上げてしまったのだ。


 逆さまになった山吹サチを力でねじ伏せるように、怪物はゆっくり飲み込もうとする。

 折りたたまれるように口の中に入れられていく山吹サチと、一瞬、目が合った。


「行って……早く……」


 すぐにその顔は見えなくなった。

 上半身が完全に口の中に押し込まれている。


 俺は恐怖のあまり立ち尽くしていた。

 何がどうなって、あんな怪物のいる場所に俺は放り込まれたんだ。

 もういやだ。これは夢だ。何もかも終わりにして、はやく目覚めたい。


「しゃきっとしろっ!」


 腹部に衝撃を感じて我に返った。

 高遠(たかとお)アキハが俺の腹に拳をつきたてている。

 どうやら気付けのために殴ったらしいが、腕力のなさか大した痛みはない。


「2−Dの後ろの扉!ポータルになってるから!」


 俺の襟元(えりもと)をつかみ、高遠アキハが走り出す。

 引っ張られて足がもつれそうになるが、怪物から離れたい一心で必死に足へエネルギーを送る。


「お前も()いつくばってないで、走れ!」


 両手を縛られた男は、シャクトリムシのように怪物から離れようともがいていたが、高遠アキハの(かつ)入れでようやく立ち上がり、ふらつきながらも走り出す。


 汗でべっちょりの背中、

 乾いた口内、

 山吹サチの最期の表情。


 極限のストレスにさらされた俺の心身は、いっそ楽になりたいと脱力する身体と、本能的に生存の道を探そうとする頭とがせめぎ合っている。

 まるでサウナ室の中で水風呂に入っているような、頭と身体がちぎれて分かれるような気分だった。


 支離滅裂(しりめつれつ)な頭のまま、高遠アキハが開けた引き戸の中になだれ込む。そこが2−Dという教室の扉だったのかどうかすらわからない。

 男二人がこぢんまりした部屋に入った後、高遠アキハが勢いよく引き戸を閉めた。


「来てる!その机、こっち寄せて!」


 高遠アキハが、室内にひとつだけあった机の端をつかんで引っ張る。

 俺は言われたままに机の反対から力を込めて押し、机を扉の前へ移動させた。

 机の上には、誰のものやら、胸部レントゲン写真と思しきものが置かれている。机の他には椅子(いす)(きゃく)とベッド。どうやら診察室らしい。


「こんなんじゃ突破される。押さえて!」


 机が動かぬよう高遠アキハが体重をかける。

 そこに参加しようとした刹那(せつな)、床に這いつくばっていたセメント男が、あろうことか診察室の反対側に向かって突進していった。


 両手を体の前で縛られてはいるものの、それなりに手の自由はきく。男は部屋奥の扉のドアノブを回し、診察室から出ていこうとする。

 くそっ、なんで後ろ手に縛らなかった!


「逃げんな、コラァッ!」


 自己保身丸出しの男に怒りを覚え、俺は激昂(げきこう)しながら男の背中を追った。


「あっ、ちょっと!」


 非力な高遠アキハを一人残して、とかそんなことは微塵(みじん)も頭にはない。

 ただひたすら、自らの生存を(おびや)かしかねない行動への、自己中心的な怒りだけがそこにあった。


 俺は扉の向こうへと消えかけた背中に向かって、足先から勢いよく飛びかかった。

 つまり、飛び蹴りだ。

 扉のへりに手をかけたおかげで俺の身体は意外にも高く浮かび、蹴りは男の肩甲骨(けんこうこつ)のあたりにクリーンヒットした。

 男はつんのめって、勢いよく前方に転がる。

13 へつづく


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