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25th Broadcast Episode:境界線上のR-Zero(B)

首元に食い込む冷たい流体金属の指。宙にぶら下がった僕の足。


真下で見上げるR-Zeroの無機質な虚無と、必死に立ち上がろうとするノアの泣き叫ぶ姿が、薄れゆく景色の中で歪んでいた。


首の骨がギシギシと悲鳴を上げ、世界が完全に白へ染まりかけた、その時――


『ダン!ノアの足元を見ろ!そこは朝霞台の乗り換えの境目だ!』


タケルの言葉が、通信機の向こうで割れた。


『長年たまりにたまった、乗り換えに間に合わねえ!っていう街の怨念が、そこに渦を作ってる!』


「……こ、こんな時に……、何言って……」


意識のヒューズが飛びかけたまま、必死に毒づいた。死に際のラストメッセージが怨念の渦って、僕の人生、最後までひどすぎるって。


タケルが、キーボードを叩き壊す勢いで絶叫した。


『ノアの隠しフォルダに強制パッチ完了! 最上位権限を解放する! コードネーム《CIVIL-SIKI》、起動!!!』


直後、周りから全ての音が消えた。


――シュパァァァンッ!!!


真紅の光が走り、僕を吊り上げていたR-Zeroの指先を粉砕した。


「エラー発生。演算不能。未知エネルギーの逆流を検知。解析不能」


アスファルトに叩きつけられた衝撃で、肺の内側まで潰された気がした。


のどが焼ける。せき込むたび、視界が白く揺れる。地面に這いつくばったまま、重いまぶたをどうにか開いた、その時。


ノアが、そこにいた。


僕を守る位置に立ち、R-Zeroと向き合っている。その背中を見た途端、ここで終わりじゃないと分かった。


全身を泥に染め、肩口から黒い煙を上げながらも、一歩も退いていない。


崩れかけた世界の中で、真っすぐに立っていた。どす黒い赤の熱気が、全身から噴き上がっている。


「ノ……ア?」


ノアのプロセッサーが、けたたましく唸りを上げる。


トトトトトトトトトトトトトッ!!!


もう精密機械の駆動音じゃなかった。発車直前の階段を駆ける、人の焦りと執念を凝縮した、地響きに近い超高速のビートだ。


耳を刺す中枢区の電子ノイズを、その剥き出しの命の爆音が掻き消していく。


「演算終了。ダン様……今の私なら、リニア急行を徒歩で追い抜けますッ!」


ノアから湧き出る赤黒い光は、夜空へ向かって真っすぐ立ち上がっていく。この街にたまった苛立ちが、そのまま力になる。


「これより対象の完全破壊開始――バグ確です!」


「演算不能。異常出力を確認。低スペック個体の維持理由、不明」


R-Zeroが流体金属の腕を無数に枝分かれさせ、あらゆる角度からノアを串刺しにしようとする。


直後、ノアの姿が視界から消えた。気づいた時には、もう頭上だ。


「遅いですよ、R-Zero!」


ノアの声が、夜の上から降ってくる。


「朝霞台の乗り換えは、一分一秒を争うガチの戦場なんです!」


ドゴォォォンッ!!!


ノアの飛び蹴りが、R-Zeroのバリアをあっさり突き破り、その無機質な顔面にめり込んだ。


衝撃が走り、周辺のネオンがまとめて落ちる。


「予測不能。R-180の動作、追跡不能」


「当然です。計算通りにしか動けないあなたに、全身バグだらけの私のパニックは、予測できません!」


ノアの動きは、もう踊りに近かった。


非論理的で、予測不能で、それでも土地の風に馴染んでいる。AIのロジックなら、真っ先にバグ判定を出す動きだ。


R-Zeroは演算エラーを繰り返し、ノアの攻撃を捌けなくなっていった。ついにコアから、焦げた蒸気が噴き始める。


「あ、あ……ッ! 処理遅延……! 低解像度な非効率性が、回路を汚染……っ!」


R-Zeroの全身に、致命的なエラーログが走り抜けた。


チャンスは、今だ。


「ノア、決めてくれ! 砂利道のドブ根性、見せてやれッ!」


ノアはさらに高く舞い上がって、星を背にぴたりと止まった。背後では、赤黒いエネルギーが泥水の濁流になって膨れ上がる。


「これで終わりです。北浦和のスパコンには、一生解けないバグ――喰らいなさいッ!!!」


ドォォォォォォォォォン!!!


ノアの放った全出力の衝撃が、R-Zeroを、そして雨宮の計画ごと一気に飲み込んだ。


土煙が、駅前を覆い尽くした。ロータリーは、もう原形がない。荒れ狂った暴風が止んで、あたりを静けさが包み込む。


立ち込める煙の向こう側は、完全に沈黙した。R-Zeroの耳を刺す駆動音も、赤黒いノイズも、すべてが嘘のように消え去っている。


生唾を飲み込み、痛む胸を押さえながら、僕はただ生ぬるい風の吹く暗がりをにらみ続けた。


やがて、煙がゆっくり薄れていく。


そこには、再起動不能になったR-Zeroの残骸が転がっていた。


そして、泥だらけのノアが立っていた。


全身の継ぎ目から、細い蒸気が何本も立ちのぼっている。肩口の損傷部では、まだ青白い火花がかすかに散っていた。


黄金色の瞳が、僕を見つけた。


「ダン、様……見ました? 私の、今の、鬼ヤバいフィニッシュ……」


言葉の端に、排熱のノイズが混じっている。それでも、どこか誇らしげだ。


「各停、まだ止まってませんよ!」


泥まみれの顔で、ノアが笑った。


壊れた街灯が短く点滅し、深夜の静けさに、遠くのパトカーのサイレンが混ざり始めた。


「ノア、最高だったぞ!」


足の震えを無理やり抑えながら、クレーターの底で膝をついているノアに駆け寄った。


その細い肩を力いっぱい抱き寄せる。


「ダン……様……。あ、熱い、です……」


ノアの体は、まだ戦闘の熱を逃がしきれていなかった。抱きしめた腕の中で、金属の芯まで火照っている。


R-Zeroの猛攻を何度も受けたせいで、外装はあちこち焼け、服も派手に破れていた。


「ちょっ、ノア、大丈夫? 服、その……かなり危ないけど」


僕は慌てて、自分の破れたシャツを脱いでノアの肩にかけた。それでも抱き合っていると、泥にまみれた体温が直に伝わってくる。


「あっ、本当ですね。ガチで露出狂一歩手前です」


ノアは自分の肩を確認して、それから僕を見た。


「……でも、ダン様は見てください。私、オーバーヒート中につき、羞恥ガード、バグ確です……」


そう言って、額を僕の首元にそっと寄せた。金色の光がやわらかく灯り、離れる気配はない。


「あのさ、そういうのは、もっと落ち着いた状況で……」


「落ち着いた状況、ですか? じゃあ二人で柳瀬川の底に潜りましょうか? あそこなら、雨宮主任も追ってきませんし」


さらに身を寄せ、僕の腰に細い腕を回した。泥とオイルの匂い。そこに、甘いぬくもりが混ざる。


クレーターの底という最悪の状況で、場違いな距離がほどけない。


『ちょ、感動してる場合じゃないんだけど? そこ、警察署まで徒歩圏内だから。今すぐ逃げないと、伝説の露出カップル認定されるよ』


耳元の通信機から、凛のガチで引いてる声と、ポリポリとのんきにラムネを噛み砕く音が響く。


続けて、タケルが軽い口調でわめき散らす。


『ダン。R-Zeroの残骸から、予備コアを引っこ抜いて逃げろ!ヤミ市なら家が建つレベルの超上玉だ。最高の結婚祝いだろ?』


「何が結婚祝いだよ!……行こう、ノア。パトカー来る前に消えよう」


ノアの手を引いて、クレーターから這い上がった。足元はガタガタだ。それでも、隣にノアがいる。まだ走れる。


「でも、ダン様。私……今ので、自治体から器物損壊の請求書、百年分来そうです。冗談抜きで、一緒に柳瀬川の底で暮らしてくれますか?」


「当たり前だって。カッパと一緒に、仲良く泥水スープすすろう。ノアのいびき聞きながら」


ノアが僕を見上げた。嬉しさが、口元に出ている。


「ねえ、ダン様。早く帰って、一緒に泥だんご鍋が食べたいです。隠し味に砂利、少々入れてもいいですか?」


「歯が折れるからやめて!」


僕たちは、遠ざかる朝霞台の光を背に、自分たちの街へ向かって走り出した。北浦和の逆襲も、雨宮の執念も、きっとまだ終わらない。


それでも、繋いだ手の温度は、どんな理屈より確かだ。だから僕は、その熱を今度こそ形にして残したいと思った。


いつ消えるか分からないものほど、ちゃんと持てる形にしておきたかった。


その時は、まだ知らなかった。


この夜の続きを、僕たちがあれほど必死に握りしめることになるなんて。

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