表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/43

24th Broadcast Episode:境界線上のR-Zero(A)

僕とノアは、市役所の地下室から肺がひっくり返る勢いで駆け出した。


背後では、流し込んだ特大バグのせいで、最新鋭のサーバー群が派手にショートしている。


火花と煙が、通路の奥をぐちゃぐちゃに塗りつぶす。


「ハァ、ハァ……ノア、足、大丈夫? 無理な再起動で、関節イカれてない?」


僕は握った細い手を引きながら、非常階段を一段飛ばしで駆け上がっていた。


ノアの黄金色の瞳は、まっすぐ前を向いていた。全身からは、まだ冷めない熱気が出ている。


さっきまで地下ポッドに繋がれていたとは思えないほど、生き生きしていた。


「大丈夫ですよ、ダン様。今の私は、砂利道で鍛えたド根性回路がフル稼働してます!」


聞き慣れた軽口を聞くと、全身にこびりついていた冷たさが、ちょっとずつ剥がれていく。


こんな場面でも自虐を挟めるなら、間違いなく僕の知ってるノアだ。


「人格戻った途端に、ド根性って、何それ。復帰早すぎない?」


非常口の重い鉄扉を蹴破った。出た先は、市役所の裏側、柳瀬川の土手だ。湿った夜風が、泥と汗でベタつく顔を冷やしてくれる。


でも、安心する暇なんてなかった。


『お兄ちゃん!突っ立ってる場合じゃない!北浦和の中枢から、洒落にならんヤツ放たれた! はい撤退! 全力で逃げて!!』


耳元の通信機から、凛の悲鳴に近い指示が聞こえた。


僕は空を見上げた。夜の闇を切り裂く青白い光が、一直線にこっちへ落ちてきている。


冗談じゃなかった。あれは流れ星なんかじゃない。もっと、もっとまずいやつだ。


「逃げるよ、ノア! 朝霞台だ!」


息を切らしながら言い放った。


「あそこなら、街のノイズが厚いから!」


土手の草むらに隠していた、タケル特製の魔改造原付に飛び乗った。外見は古びたスクーターなのに、加速は完全に別物だ。


「ダン様、捕まっててください。私、今なら、急行にママチャリで挑む小学生の気持ちが分かります!」


ノアがハンドルを握り、僕が後ろにまたがった。狭いシートの上で、胸と背中が隙間なく触れる。


モーター音が、耳元で荒々しく唸り始めた。


「うおっ、近っ……ノア、何か熱いよ!」


「出力全開! 背中を通して、ダン様の心拍も丸分かりです」


「分析してる場合か!」


原付は、川沿いから街を縦断するメインストリートへ飛び出した。でたらめな加速に、胃の中まで持っていかれそうになる。


それでも、伝わってくる温度が、僕をこの世に繋ぎ止める。


目指すは、隣の街――朝霞台。背後から迫ってくるそれは、人間の常識で測れる速さじゃなかった。


ハンドルを握る手に、さらに力が入る。その反応で、僕にも分かった。今までの相手とは、格が違う。


駅前のロータリーへ滑り込んだ、その瞬間だった。


「……は?」


そいつは夜空を裂いて、信じられない角度で地面へ突っ込んできた。


――キィィィィィンンン!!!


耳を突き刺す不快な高周波ノイズがよぎった直後。


ドオォォォォォォンッ!!!


着地の衝撃で、駅前のアスファルトに蜘蛛の巣状の亀裂が走った。


土煙の中から現れたのは、ノアにそっくりな顔をした少女だった。でも、その表情からは、感情の痕跡ごと削除されている。


全身の外装は、月光を受けるたび、ぬめる光を返す。ベッドタウンの夜に似合わない、冷たすぎる殺気をまとっている。


「ターゲット捕捉。被験者ヒロセ・ダンの抹殺、ならびに個体名ノアの強制回収を開始」


声までノアにそっくりだった。なのに、温度は微塵もない。


「あれが、R-Zero……私のバグを全部削って作られた、完璧仕様の次世代機です」


ノアの口調が、一段低くなった。


「かわいげの欠片もないですね。あれが私の完成形だと思うと、普通に最悪です」


原付から飛び降り、僕をかばってR-Zeroの前へ出た。指先の関節が、かすかに赤く光っている。


僕たちのジャンクな絆と、北浦和の完璧な論理。


朝霞台駅前。路線も、人も、音も、すべてが混ざるこの境界線上で、世界の仕様が今、書き換わろうとしている。


ノアの背中が、わずかに沈んだ。




◇ ◇ ◇




「待って、ノア! あいつは桁が違う! まともにやったら終わるって!」


僕は原付から転げ落ちながら叫んだ。


R-Zeroは、微動だにしない。それなのに、周りが急激に冷えていく。


「分かってますよ、ダン様。でも、ここは朝霞台です。乗り換えも空気もグチャグチャ。秩序を重んじるあの子には、それ自体が毒になります!」


ノアは強がってみせた。でも、膝の震えは止まらない。R-Zeroの流体金属ボディは、月光を返すたび不気味に揺れる。


「個体名ノア。低解像度環境への過剰適応を確認。退化判定。不快。感情領域を初期化します」


R-Zeroが踏み込んできた。


――ッ、キィィィィィンンン!!!


速すぎて、加速の予備動作すら見えない。鼓膜をツンと刺す不快な高周波ノイズが、空気を切り裂いた。


ありえない。そう思った時には、もう目前にいた。流体金属の腕が、一瞬で鋭いカマへ変わる。


ノアのバリアは、薄紙同然に切り裂かれた。


「っ、あぁぁぁッ!!」


肩口から、青白い火花が噴き出した。傷口は銀色の刃に侵され、黒く焦げ付いていく。


「ノア!!」


僕は半分やけくそで、電磁グレネードをR-Zeroへ投げつけた。でも、見えない壁に弾かれて、虚しく跳ね返る。


グレネードは駅舎を越えて、線路の向こうの学習塾の看板を吹き飛ばして終わった。


「被験者ヒロセ・ダン。行動値、誤差未満。排除します」


R-Zeroの視線が、僕をとらえた。全身の骨が芯から軋むほどの圧がかかる。


「ダン様に、触るなッ!!!」


ボロボロのノアが、出力限界の速さで突っ込んだ。でもR-Zeroは最小限の動きでかわし、そのまま銀色の脚でその腹を蹴り上げる。


嫌な音がして、ノアの体がアスファルトをバウンドしながら吹き飛んだ。


「ノアッ!! 大丈夫か、おいッ!!」


その瞬間、こめかみの内側がバチンと鳴って、世界が完全な静止画へと変わった。


僕は、転がっていくノアを受け止めようと駆けだす。同時に、地面の上を滑っていた華奢な体が、空中でぴたりと静止した。


その止まった視界の中で、二歩目を踏み出す。


直後、背中が凍るほどの冷気を感じた。


振り返ると同時に、流体金属の腕が飛び出してくる。避けようと、思考よりも速く体をひねってかわす。


そのコンマ数秒。僕がかわした軌道の先に、R-Zeroの頭部があり得ない速度で先回りしていた。


目の前0.001秒の距離。僕の愛する少女と、全く同じ顔がそこに張り付いている。


一瞬、思考が固まった。同時に、喉元に冷たい金属の指が食い込み、締め上げられる。


止まった世界が動き出し、その無表情な鉄の仮面が、ゆっくりと下の方へ遠ざかっていく。


「が、はっ……」


僕の足は、ぶらぶらと宙に浮いていた。敵の顔が、真下に見える。


造形は完全に同じ。それなのに、こっちを見上げる瞳には光がない。残っているのは、深い、底なしの虚無だけだ。


「ヒロセ・ダン。個体名ノアに回復不能なエラーを確認。対象を停止処分します」


「……っ、う、るさ……!ノアは……エラーじゃない……!」


喉元を潰され、酸素が途絶え始めた脳内に、あの聞くに堪えない音が直接流れ込んできた。


キィィィィィンンン……ッ!


見えている景色から光が遠くなり、闇が迫ってくる。


中枢区の呪いのような高周波ノイズが、鼓膜を破らんばかりにどんどん巨大化し、僕を支配していく。


耳が、頭が、割れそうだ。意識が、少しずつ遠のき始めた。世界がノイズに塗りつぶされようとしている。


視界の端では、ノアが必死に立ち上がろうとしていた。その瞳から、青白い涙が次々こぼれていく。


「ああ、ダン……様……。やめて……お願い……!私の全機能を、ダン様の保護に回して……! 私はどうなってもいいから……ッ!!!」


ノアの悲痛な叫びが、眠りに落ちた住宅街に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ