Episode 2:初デート
昨夜、俺はアンドロイドの超絶美少女、エナと出会った。そして、一緒に寝た。
……いや、待て。かなり語弊がある。
正確には、俺がベッドで悶々としている横で、エナは床に座り込み、額に『充電中』という青いホログラムを浮かべて不動のまま停止していただけだ。
朝、薄暗い部屋で目が覚めた瞬間。
目の前に『光るおでこ』の美少女が仁王立ちしていた時は、人生初の怪談イベント発生かと思って、ガチで心臓が止まりかけた。
でも、朝食の匂いに釣られてキッチンへ行くと、そこには2080年の最新科学が作り出した『究極の、どこか狂った朝食』が並んでいた。
「おはようございます、カイ様。あれ?……下半身の特定ポイントに、血流が集中していますね。早朝からアンドロイド女子で自家発電ですか?電力不足に貢献する姿勢、ガチで敬服します」
「……っ!! してねえよ!生理現象だ!」
キッチンに立っていたエナは、昨日の制服姿ではない。
俺が昨日、捨てろと言ったはずの、オーバーサイズTシャツ。それ一枚だけを、さらりと羽織っていた。
で……下半身は何も履いてない。
いや、ギリギリでTシャツの裾が、見えそうで見えない絶妙なラインをキープしている。
「……おい、エナ。なんだよ、その格好は。目のやり場に困るじゃん」
「放熱ですよ、カイ様。充電で内部プロセッサーが過熱気味なので。それに、これがカイ様の脳内検索履歴から導き出された『朝に女子に着てほしい服装・第1位』でした。どうですか……カイ様?私の肌が布越しに透けてて、理性が乱れてきませんか?」
エナはフライパンを持ったまま、わざとらしく前かがみになる。
胸元からのぞくのは、無機質で完璧な鎖骨と、やっぱり冷たそうな白い肌。
俺の視線が泳ぐのを、彼女は光学センサーの青い光を点滅させて楽しんでいる。
「はぁ……もういいや。朝飯?」
「はい。地元特産のカッパ麺をベースにした、高タンパク・低カロリーの失恋回復スープです。隠し味に、カイ様の情けない涙と、私の冷却オイルを0.01ミリグラムほど。味は……まあ、泥水よりはマシなはずです」
並べられたのは、不気味に青光りするスープだった。
俺はおそるおそる、一口すする。
「……っ!」
味は、意外にも悪くない。
いや……悔しいが、鬼ウマい。栄養不足な俺の全身に、機械的なまでの正解の味が染み渡る。
「おい、エナ。これ、普通に美味いんだけど」
「当然です。私は鉄クズですが、カイ様の味覚のツボをハッキングするくらい楽勝ですから。そんなに感動したなら、ご褒美に私の首筋をなめていただけますか?今なら、不凍液の甘い香りが楽しめますよ!ちょっと不潔ですけど」
「なめねえよ!飯食ってる時に変なこと言うな!」
エナは俺の向かい側に座り、自分が食べるわけでもないのに、じっと俺の食事風景を観察している。
その距離、わずか30センチ。彼女の体から、かすかな機械の駆動音と、涼しげな冷気が漂ってくる。
「ねえ、カイ様。今日はリハビリのステップ2です。失恋の特効薬は、新しい女との華やかなデート。というわけで、駅前のマルイに行きましょう。あっ、軍資金はカイ様の『PayPay行政ポイント連動版』から、先ほど引き落としておきました」
「勝手に俺のカッパポイントを使うな!あれは週末に掃除ボランティアして、膝の皿が割れる思いで貯めたやつだぞ!」
「安心してください。今のカイ様に必要なのはポイントではなく、隣に立つ美少女です。さあ、さっさと食べて着替えてください。それとも、私がそのダサいパンツを、握力500キロの力で引きちぎって差し上げましょうか?」
「自分で着替えるわ!!」
俺はエナの猛毒を浴びながら、逃げるように自室へ駆け込んだ。鏡に映った顔は、マルイのセール看板より赤くなっていた。
これから始まる、猛毒舌アンドロイドとの初デート。その先に、あんな地獄の再会が待っているとも知らずに。
結局、俺はエナに引きずられるようにして家を出た。
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今日は日曜日。2080年の東武東上線・志木駅前は、中途半端な賑わいを見せている。
マルイデパートの巨大な壁面では、池袋の人気アイドルがホログラムで踊っていた。よく見ると、解像度が低くて端っこがカクついている。
こういう、あと一歩足りない感じが、いかにも志木らしくて落ち着く。
「カイ様、見てください。4階のファッションフロアに、2020年代レトロの量産型コーデが売っています。あちらの方が、今の私の制服より男子の心拍数を20%アップさせる計算です。でも、カイ様の場合は……裸エプロンで、カッパ音頭を踊る方がチョロいかも?」
「計算で服を選ぶな!あと裸で踊るな!公然わいせつで捕まるわ!」
店内に入ると、人工知能による自動接客ロボがスリ寄ってくる。
だが、エナが何か見えない電子信号を送ったのか、ロボは「ギギッ……」と異音を立て、回れ右して逃げ去った。
「エナ、今何したんだよ」
「縄張り争いです。このエリアの接客権は、今、私が独占しました。さあカイ様、私に最高にエロい服を選んで、ミオとかいう女への未練をドブ川にポイ捨てする準備をしてください!」
エナが選んだのは、透け感のある白いブラウスに、絶望的に丈の短いミニスカートだった。
「これを試着します。カイ様、ついてきてください」
「はぁ?なんで俺?試着室の入口で待ってるよ」
「拒否します。アンドロイドは背中の微調整が自分ではできません。パートナーを助けるのは市民の義務です」
エナは俺の腕を強引につかみ、店員の制止を『私は志木市公式パートナーです』という謎のホログラム証明書で黙らせてしまった。
結局、俺を試着室の狭い個室に引きずり込んだ。
パタン、と鍵が閉まる。一畳ほどの密室。
そこには、俺と、無機質な美少女アンドロイド。鏡に映る二人の距離は、ゼロ。
「ちょ、おい…近っ……」
「動かないでください。センサーのキャリブレーションに影響します。さあ、カイ様?脱がせてください」
「はああぁぁぁ!?」
「ブラウスの背中のファスナーです。私の腕の可動域では、この最新のレトロ・ファスナーに指が届きません。もう、早くしてください!それとも、このまま試着室でオーバーヒートして、火災報知器を爆音で鳴らしましょうか?」
エナは俺に背を向けた。
サラサラした黒髪をかき上げると、そこには抜けるように白い、そして温度を全く感じさせないうなじがあった。
俺の手が、震えながらファスナーに触れる。
「……冷たっ」
「はい。私の外部皮膚は現在20.1℃。あなたの熱い指先が触れるたび、エラーログが積み上がっています。えっと……カイ様?手が震えていますよ。真冬のチャリ通よりガタガタです。そんなに私の中身が気になりますか?」
ファスナーをゆっくりと下ろすと、エナの白い肌が露わになる。
そこには、人間と見間違うような滑らかな曲線。その中心にひっそりと刻まれた、製造番号の刻印。
鉄クズであることを突きつけるその文字が、逆に背徳感をあおる。
「……っ、できたぞ」
「ありがとうございます。では、次は正面のボタンを……」
「それは自分でやれ!!」
俺は真っ赤になって顔を背けた。
狭い室内で、衣類が擦れる音が耳元で響く。エナの放つ、かすかな不凍液の香りと、機械の微熱。
アンドロイドだから羞恥心がないのは分かっている。でも俺の方は、今にも心臓がマルイの屋上からダイブしそうなくらい跳ねている。
「お待たせしました。どうですか……カイ様?似合いますか?志木の街に、私のような美の奇跡が歩いていても許されますか?」
振り返ったエナは、選んだ服を完璧に着こなしていた。
ただの美少女ではない。そいつは、失恋で壊れた俺を救うために現れた、冷たくて、でも残酷なほど美しい特効薬だった。
「ああ。似合ってるよ……ガチで」
「それだけですか?あー、その語彙力のなさが、カイ様の限界ですね。でも、心拍数150突破。……満足です!」
エナは、満足げに瞳を細めた。
その直後。試着室のカーテン越しに、聞き覚えのある、あの高圧的で甘い声が聞こえてきた。
「ねえ、西園寺くん。このワンピ、志木っぽくない?もっとキラキラしたのないかなー」
俺の背筋に、氷を入れられたような戦慄が走った。
元カノ、ミオだ。カーテン一枚を隔てた向こう側。かつて俺が、世界で一番可愛いと信じていた声が響く。
「ちょっと、西園寺くん。この店、なんか微妙に志木臭くない?やっぱり池袋まで行かないとダメかなぁ」
隣にいるらしい『大宮のインテリ男』が、鼻に付く笑い声を漏らす。
「ハハハ、そうだね、ミオ。志木なんて各駅停車が寝過ごして着く場所なんだから、期待しちゃダメだよ」
俺の心臓が、雷がキレ散らかしたみたいに激しく鳴る。
逃げ出したい。でも、ここは試着室の密室だ。
隣でエナが、無表情に俺を見つめていた。瞳の青い光が、さっきより激しく点滅している。
「ねえ、カイ様。外にいるのは、あなたのメモリを汚染している旧型のバグですね。至急、デバッグが必要です」
「おい、エナ、何する気だ……」
止める間もなかった。エナは俺の腕をつかむと、勢いよくカーテンを引き開けた。
「……あれ?カイじゃん。何してんの、こんなところで」
ミオが驚いた顔でこちらを見る。
その隣には、『大宮の予備校で一番上のクラスです』という顔をした、眼鏡の男。
ミオの視線が、俺の腕に絡みついているエナへと移る。
「えっ、うそ、もしかして……買い物?超めずらし案件。ていうか一人じゃないんだ。……あっ、もしかしてフラれたショックで、レンタル彼女とか頼んじゃった感じ?」
ミオがクスリと笑う。その笑い方が、俺の自尊心を底なしのゴミ溜めへと蹴落とす。
「ミッ、ミオ……これは、その……」
「あっ。歩き方は、まだ志木のままだね。安心した。一生その辺の畑でカッパと遊んでなよ」
ミオが追い打ちをかけるように言い放った。俺の口が、情けなくパクパクと動くが、肝心の音が出ない。
その瞬間、俺の腕に触れていたエナの手が、氷のような冷たさを増した。
「失礼します。カイ様の歩き方は志木ではありません。川のせせらぎと共鳴した、次世代のエコロジー・ウォークです。至急、その腐った網膜を最新のホログラムで洗浄してください」
エナが、俺とミオの間に割って入った。声のボリュームが、いつもより明らかにデカい。
無表情。でも、その瞳の奥の青い光は、間違いなく過電流を起こしていた。
「え、なにこの子。カイの新しい彼女?てかさ、人間味なくない?ちょっとバグってない?」
ミオが不審そうにエナを指さす。
エナは一歩踏み出し、ミオの顔の数センチ横まで自分の顔を寄せた。
「私はカイ様のリハビリ・パートナー、エナです。あなたの低スペックな認識能力では理解できないかもしれませんが。今のカイ様の隣には、あなたのような賞味期限切れの旧型感情が入り込む隙間はありません。あっ、今のガチでディスってます。ウケますよね?」
エナは満面の笑みで、毒ガスのごとき爆弾を投げつけた。
ファッションフロアに、凍りついたような沈黙が流れる。
「ちょ、なに!!カイ、あんた本気!?こんな変な……動く人形みたいなのと!?」
ミオの叫びが響く。
俺は、エナの背中を見た。試着室でファスナーを下ろした時に見た、あの鉄の刻印。
こいつは機械だ。冷たいし、毒舌だし、あと180日もすれば消えてしまう、ただのパッチファイルだ。
でも――
「変なのは…お前の性格だろ」
俺の口から、無意識に言葉がこぼれた。
「えっ?なにそれ……」
「ミオ、お前の言う通り、俺の歩き方は志木だよ。でも、志木の何が悪いんだよ。お前が池袋や大宮に行きたきゃ勝手に行けばいい。俺は、こいつとここで、泥水みたいなスープ飲んでる方が100万倍マシだ」
エナの瞳が、パッと宝石のように輝いた。
ミオは顔を真っ赤にして、隣のインテリ男の手を引いて吐き捨てる。
「サイテー!!あんたなんか一生、志木でカッパと心中してなさいよ!」
エナがその背中に向かって、最後の一撃を放った。
「ちなみに大宮の彼氏さん、鼻毛が可視化中です。清潔感という概念が前世に置き去りなので、ここで失礼しますね、アプデ未実装さん!」
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嵐が去った後の、ファッションフロア。俺はガクガクと震える膝を押さえて、その場にしゃがみ込んだ。
女の子に、人生で初めてあんなに強く物を言った。心臓が床を突き破りそうだ。
「カイ様……今のセリフ、録音しました。最高にダサくて、最高にエモかったです。市民ホールで24時間、爆音リピート再生する価値がありますよ」
「うるせえ……。死ぬほど緊張したんだぞ、こっちは」
「でも、リハビリの成功確率が3%上昇しました。……カッコよかったですよ、カイ様」
エナはそう言って、俺の隣にしゃがみ込んだ。
彼女の体からは、機械特有の駆動音と、相変わらず20℃の冷気が伝わってくる。
でも、その冷たさが、今の俺にはどんな暖房よりも心地よかった。
「なあ、エナ。……次は、朝霞台まで行こうぜ。ガチでウマいラーメン食いに」
「了解です。市外へ出た瞬間に、私のバッテリーが30%削られますが……カイ様のためなら、朝霞台のホームで燃え尽きても本望です!」
「……やっぱやめよう。お前が燃え尽きるのは、まだ先でいい」
180日というカウントダウンは、着実に、俺たちの足元を削りながら進んでいる。
でも、この冷たい鉄クズが、俺のためにバッテリーを削ろうとしてくれた事実に、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「ねえ、カイ様。私、ラーメン、食べてみたいです。冷めきった私と違って、熱々のやつを」
20℃の美少女が、俺の袖をギュッとつかんだ。
その先に待つ『嫌われプログラム』の予感なんて、今の俺たちは、まだ知らない。




