014-03. 花嵐来たりなば
「ありえない。あれは絶対にありえない……!」
衝撃的な顔合わせから、たったの四時間後。
ユニット全員での雑誌インタビューを終えたNIRZは、衣織の部屋でホットプレートを囲んでいた。
「いくら何でも態度デカすぎるでしょ! あれじゃあサラブレッドじゃなくてばん馬だよ!」
「ローザ、上手いこと言ってないでマヨネーズ掛けてくれ」
「ぐんぬぬぬぬ~! ……あっ、青のりと鰹節って掛けちゃっても大丈夫?」
「ああ、俺と柘榴は大丈夫。お願いします」
愚痴と心配りの狭間で百面相をしながら、ニゲラと連携したローザがお好み焼きのトッピングを仕上げていく。
その間もウィットに富んだ愚痴は止まらないものの……細かい格子を描いたマヨネーズの上に満遍なく青のりを散らしていく器用さと手際の良さは相変わらずで、柘榴は炊飯器から白米をよそいながら感心するほかない。
「あの、瑠璃さんって……あれですよね。結構前に大人気だった、子役の……」
「ああ。社長がまだ現役アイドルだった頃だから、十年以上前の話だけどな」
十数年前の冬、土曜二十一時の放送枠にて放送された連続ドラマ「恋愛、教えられません!」。
とある少女漫画を原作とし、通称「恋おし」の名前で知られるそのドラマは、テレビ史においても異例の高視聴率を記録し、今でもラブコメの金字塔として語り継がれる大人気作品である。
その大ヒットの理由はいくつか考えられるものの……特に大きなものを挙げるとすれば、主人公の相手役、そしてその弟役を演じたふたりの演者の存在だろう。
ヒロインである新人女性教師の相手役――彼女が担任を務めるクラス一番の問題児であり、はとことしてひとつ屋根の下で生活を共にすることになる男子高校生を演じたのは、当時アイドルとして一世を風靡した稀代の美男子、九十九蓮。
そして、そんな彼とヒロインの間における鎹とも言うべき、天使のような愛らしさと年不相応な思慮深さを有する幼い弟――非常に難易度の高い感情表現と泣きの演技を要求される役回りを演じた子役こそが、つい先ほど一触即発の空気を生み出した張本人――御鍵琉璃だった。
「まさか、今じゃあんな風になってるなんて思いもしなかったけどな……確か、数年前から活動休止して渡米してたはずだ」
「あんなガラの悪いドラ息子になっちゃってさ~! お祖父さまはあれ許してるのかなぁ!?」
「お、お祖父さま……?」
完成したお好み焼きを格子切りにしながら唇を尖らせるローザの言葉に、柘榴は首を傾げる。
すると、柘榴の疑問を察したらしいニゲラが、コップに梅シロップを注ぎながら補足を挟んでくれた。
「瑠璃は、尾崎芸能の会長――尾崎泰山の孫だ」
「えっ!?」
「もっと言うなら、尾崎泰山の娘――女優・尾崎まりあの息子。つまり……尾崎家の養子であるウチの社長にとっては、甥っ子にあたる」
「尾崎まりあ……」
「俺が幼稚園とかの頃に芸能界を引退した人だから、さすがに柘榴は知らないか。当時、結構人気の女優さんだったんだよ」
「そうなんだ……」
つまり、今までの話を総括すると――瑠璃は銀幕スターの祖父と人気女優の母を持つ、まさしくサラブレッドとも呼ぶべき三世俳優というわけで。
そんな人材がアイドルへ転向してデビューするとなれば、世間の注目を集めることは間違いない。
「えっと……事務所的には喜ばしいこと、なのかな……?」
「一応な。ただ、今日のあの態度を見るに……」
「絶っっっっっっ対ヤバいってアレ! すぐに何かやらかしそう!」
「ローザ、どうどう」
ぷりぷり怒るローザをニゲラが宥めるが……恐らく、ローザの考えを否定しきれる人間はこの場に一人もいないだろう。
先の発言や態度、その全てから感じ取れる生意気さ――このご時世にあんな様子で表へ出れば、どんな反応をされるのかは想像に難くない。
「で、でも一応プロジェクトメンバーだし……! 社長が認めてるってことは、きっと多分恐らく大丈夫……!」
「柘榴、その発言はフラグだ」
「うぅ……」
「まあ、何にせよ……とりあえずは公式なデビュー発表待ちだな。俺たちは自分の仕事をするだけだ」
ローザによって取り分けられたお好み焼きを全員に配りつつ、衣織が話を締める。
そうは言っても拭えない不安をよそに、湯気に煽られた鰹節は楽しげに踊っているのだった。
柘榴たちの不安が現実となったのは、顔合わせからたった二日後のことである。
尾崎芸能の社外関係者向けエリアで実施された、瑠璃のアイドルデビュー発表会見。
一世を風靡した元子役がアイドルに挑戦することや、デビュー曲の作詞作曲を昨年解散した大人気バンド「アダバナ」のメンバーが手掛けること、瑠璃本人がテイルプロ発足時の第一期研修生として所属し、一度はアイドルという道を選ばなかった話など――報道陣からすれば、話題にするネタには事欠かない会見となったのだが。
結果として各メディアがこぞって取り上げたのは、とある記者の質問に対する瑠璃の回答だった。
――競合であるserp'が大規模なオーディションを開催した直後ですが、このタイミングでアイドルへ転向するというのは、やはり「果たし状」としての意味もあるのでしょうか?
それは明らかに、失言や対立を狙って煽るような悪意ある発言だった。
経営戦略的な面の強い内容であることや、タレントの炎上を避ける目的から、こういった内容については経営層である社長が回答することが望ましく……実際、尾崎社長はマイクに顔を寄せ口を開きかけた、のだが。
「その認識で問題ありません」
それよりも一歩、瑠璃のほうが早かった。
――瑠璃さんご本人としては勝算があると?
「勝てない戦はしないんで。そもそも、今回のチャレンジは――これはもう、テイルとかserp'とか関係なく――『今の業界レベルなら俺のほうが上手くやれる』って感じたことがきっかけだし」
――なるほど。では、serp'……いや、御社の所属タレントも含めて、改めて宣戦布告のコメントなんかもいただけたりしますか?
「別に相手するほど興味もないっすけど……お粗末な陣取り合戦してる暇あるんなら、もっと技術レベル上げたほうがいいんじゃないっすか? とだけ」
……そして案の定、この発言は蜘蛛の子を散らすようにしてインターネットへと拡散され。
『瑠璃、アイドル業界に宣戦布告 「俺のほうが上手くやれる」』というタイトルを伴って、尾崎社長をはじめとしたテイルプロ関係者全員に頭痛をもたらしたのだった。
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