014-02. 花嵐来たりなば
その招集がかかったのは、空気がじっとりと湿気を孕むようになった、梅雨真っ只中の土曜日のことだった。
「お疲れ様です……!」
「あっ、ざくくん〜! 大学の授業、お疲れ様!」
指定された会議室のドアを開けば、手前の席に座っていたローザが快活な声で柘榴を迎える。
室内には他のメンバーも既に揃っており、大学終わりに会議室へ直行した柘榴と、会議の主催者である柴田を待つのみの状態だったようだ。
「えっと……俺、呼ばれた理由を聞いてなくて……」
「大丈夫だ、俺達も何も言われてない」
デイパックを降ろしながらおずおずと声を漏らす柘榴に、ニゲラが首を横に振りながら言葉を返した。
衣織とローザも同様に「聞いていない」と口にするのを見て、どうやら連絡を見落としていたわけではないらしいということに安堵する。
そうとなれば、やはり気になるのは呼び出された理由なのだが――
「お疲れさん、みんな揃ってんな!」
その場の誰かが言葉を発するよりも先に、ガチャリと音を立てて会議室のドアが開く。
入ってきたのは柴田と……いつも通りぴしっとスーツを纏った尾崎社長だった。
「お疲れ様です」
椅子から立って礼をし、ふたりが上座側の席に着くのを待つ。
……思えば、社長室以外の場所で社長と話し合いをするのは、それなりに珍しい。
「……突然の招集となり、すまなかった。予定の調整に難があってな」
そう告げる尾崎の表情は――いつも通りの気難しげな仏頂面ではあるものの、一時期ほどの疲労の色は見えない。
恐らく……ここ数ヶ月の間、serp'が露骨にこちらを挑発するような動きを見せていないことが理由だろう。
「いえ、大丈夫です。それで、今日はどういう用件で会議を……?」
「あー、それは参加者が全員揃ってから――」
衣織の質問に対し、柴田が返そうとしたその時――軽快な音を立てて、金属とガラスで作られたドアが四回ノックされる。
柴田が「どうぞー」と少し声を張って応答すると、ドアが開いて二人の人物が会議室に入ってきた。
「失礼します、遅くなってすみません〜」
どことなく呑気な声を放ちながら最初に入室したのは、眼鏡をかけた小柄な青年。
そして、それに続くのは――
「遅刻厳禁と伝えておいたはずだが」
「……それを言うなら、撮影の直後に仕事捩じ込むなって伝えておいたはずなんすけどね」
尾崎社長の小言に、意趣返しのような声が打ち返される。
気怠げな声と共に部屋に踏み入ったその姿が視界に入った途端――柘榴はぎょっと目を剥いた。
それは、恐らく柘榴と同年代ほどの青年だ。
ただ、同年代かつ柘榴より小柄であるにも関わらず――彼に対する率直な第一印象を述べるとすれば、「怖い」という言葉以外にない。
まず目を奪われるのは、その髪――黒よりも白に近く、僅かに青を帯びたような色味の銀髪だ。
そして、その髪と同じだけ存在感を放つ、大きめのサングラス。
ピアスやタトゥーといったものは見えないが……それでも、その不機嫌そうな声色と立ち姿に、柘榴の脳裏を「不良」という言葉が過ぎった。
「つーか、人多いんすけど」
件の不良は文句を言いながらズカズカと会議室を闊歩し、柘榴の真正面にドカッと腰を下ろす。
生まれてこのかた優等生街道を歩んできた柘榴にとって、その存在感は肩が跳ねるほどの衝撃であり――動物的な本能が訴えるまま、バレない程度に目を逸らした。
……サングラス越しに睨まれている気がするが、気付かないふりをするしかない。
「すみません、社長。先の撮影で絹田監督と話し込んでしまって。監督には兼ねてよりお世話になっている手前、そちらを優先させました」
「……それならそうと言え」
「それを見越して予定入れろって言ってんすよ、こっちは」
「どうどう……間に合うかと思ったんですけど、念のため僕から一報入れておけばよかったですねぇ。ごめんなさい」
まったりとした声で謝罪の言葉を告げつつ、眼鏡の男がそっと席に着く。
スーツを纏い、片手にタブレットを携えたその姿から見るに……アイドルやタレントの類ではなさそうだ。
それでも愛嬌のある顔立ちをしているな……とその姿を観察していれば、不意にこちらに顔を向けられて視線がぶつかった。
「…………」
数秒じっと見つめられ、無言のままニコッと微笑まれる。
その笑顔の真意は分からないものの……たった一瞬のやり取りで、柘榴は何故か背筋がひやりとするような心地がした。
「――よし、これで全員揃ったな!」
なんとも形容しがたい緊張感に満ちた空気を、いつも通り明るい柴田の声が吹き飛ばす。
小気味よく打ち鳴らされた両の手が、「続きをどうぞ」とでも言うかのように差し出され……それを受けた尾崎は、軽く息を吸ってから言葉を発した。
「……今日集まってもらったのは他でもない、ToPプロジェクトに関する報告だ」
その言葉に、NIRZのメンバーが揃って息を呑む。
半年近く有耶無耶になっていたプロジェクト――そこに大きな動きがあるとなれば、背筋が伸びるのも自然なことだった。
「後続ユニットのメンバー選出が滞り、実質的に凍結状態にあった本プロジェクトだが……この度、新たなプロジェクトメンバーの追加、およびソロデビューを実施する運びとなった」
尾崎はそこで言葉を止めると、斜め向かい方向に座っている銀髪の青年に視線を送り……背もたれに思い切り体重を預けているふてぶてしいその態度に、こめかみを抑えながら声を絞り出した。
「……それでは、本人から挨拶を」
全員の視線が、改めてその派手な姿に集まる。
好奇、と言うには幾分か不信感の強い目を向けられた彼は、小さく溜息を吐いてサングラスに指をかけた。
小さな音を立てて、目元を隠すそれが取り払われる。
現れたのは――長い睫毛に縁取られた、吊り気味の大きな目。
「瑠璃。尾崎に所属してる俳優」
ぶっきらぼうに言い放ち、青年――瑠璃は再び口を閉ざす。
そして、辛うじて自己紹介と言えなくもない最低限のそれに続けて、瑠璃の隣に座する眼鏡の男が口を開いた。
「じゃあ、一応僕も……。根古又映画から出向となりました、四十万すみれと申します。瑠璃くんのマネージャーとして、一緒にテイルでお世話になります」
「根古又……」
彼が名乗った社名に、その場の空気がぴりっと締まるのを感じる。
根古又映画――ことこの業界においては、五本の指に入ると言っても過言ではない程の影響力を持った大企業だ。
時代劇やドラマ、特撮作品に系列会社でのイベントなど、尾崎芸能にとっては創立以来長らく縁のある相手であり――テイルプロにとっては、早い話が親会社の一大クライアントである。
「そんじゃ、今度はNIRZメンバーからも自己紹介を――」
失礼があったら一大事……柘榴たちのそんな緊張をよそに、顔合わせは引き続き進行していく。
柴田の言葉と視線を受け、NIRZのリーダーである衣織が口を開こうとした、その時――
「いらない」
「……は?」
明後日の方向を向いたままの瑠璃が、遮るようにぴしゃりと言い放った。
「覚える価値があれば勝手に覚える。今聞かされたって忘れるし、無駄」
「……瑠璃」
「属するプロジェクトが一緒ってだけで、別に一緒に仕事するわけでもないし。そもそも、そんな仲良しごっこしてる余裕がウチにあるんすか?」
青筋を浮かべている社長の様子など気にも留めず、瑠璃が音を立てて椅子を引く。
「おーっと。瑠璃、どこ行くんだ?」
「寮。こっちに戻ってすぐ連ドラの撮影捻じ込まれたから、こちとらマトモな引っ越しもできてねーの」
「あー……まだ爺さんのとこから出社してんのか。さすがにアイドルの仕事が始まる来週までには、こっちに越しておかないとな」
「……ご理解いただけて何より。すみれさん、行くよ」
「はあい……すみません。もともと、今日はこの後オフの予定だったので……失礼させていただきますねぇ」
さっさと部屋から出ていってしまった瑠璃を追いかけ、四十万すみれも席を立つ。
そうして、瑠璃に開けられた時とは対照的に静かに閉まったドアの前、会議室内に残されたのは――
「………………」
羅刹のような怒気を纏った尾崎と、小さく肩を竦める柴田――そして、過ぎ去った嵐に終始圧倒され続け、呆然とすることしかできないNIRZの面々だった。




