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迷宮探索紀行 ~世界一の高層ビルが鬼畜ダンジョンになったらカオスすぎた~  作者: 結城 からく


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第39話 名医の逡巡

 黙り込むイーサンの指が神経質に動いていた。

 何かしているわけでもない。

 苛立ちや焦り、葛藤などがない交ぜに表れているようだ。


 激昂して怒鳴ってこないのは生来の性格だろう。

 かなり挑発的な流れに持ち込んでいるが、それでもイーサンは理性的であろうとしている。

 或いは激情することでモンスターに乗っ取られる不安があるのかもしれない。


「……どうして、そんなに僕を動かそうとするんだ」


 長い沈黙の末にイーサンが発したのは、そのような疑問だった。

 心の傾きが見受けられる。

 本当に意見が通じないのなら、このようなことを訊きはしない。

 こちらの考えに多少なりとも関心を抱いている証拠だ。


 俺は修理されたばかりの腕と腹を指し示しながら笑う。


「メンテナンスが必要なんでね。あんたみたいな優秀なドクターがいると助かるのさ」


 これは建前ではなく本音である。

 無事に修理は完了したが、現在は万全なメンテナンスが望めない状況だ。

 戦いの中でいつどこが壊れるか分からない。

 些細な故障が生死を決めることだって珍しくないだろう。


 簡単な修理やメンテナンスは自分でも可能だが、イーサンは義体の専門家だ。

 彼以上の技師はいない。

 同行者として協力してくれるのなら、これほど心強いことはなかった。


「自己利益が動機か……」


「世の中なんて、だいたいそんなもんだろう。あんたみたいな善人は少ないんだ」


 俺は皮肉るように返した。


 人間は皆、醜い本性を持ち合わせている。

 聖人なんて滅多にいない。


 上面なんていくらでも取り繕えるのだ。

 それを剥がせば、腐り切った部分が顔を見せる。

 俺みたいな正直者は、まだマシじゃないだろうか。

 本当の悪党とは、絶対にその一面を見せないものである。


「とにかく、本当に医者の責務を果たす気なら外に出るべきだ。もちろん強要はしないがね。役立たずの介護ができるほど余裕はない」


 俺は息を吐きながら上体を起こすと、腕を腹を撫でて確認する。

 寸分の狂いもなく新しい義体が装着できていた。

 医療用なので心許ない部分もあるが、少なくとも生命維持や基礎機能の不安はない。


「綺麗に直っているな。サンキュー、恩に着るよ」


 ベッドから立ち上がった俺は診察室を出る。

 イーサンは何も言ってこない。

 俺との会話でさらなる葛藤が生まれたに違いなかった。

 自らの方針を考え直している頃ではないか。


 これ以上、俺から何か言うのは野暮だ。

 イーサンがここに残ると主張するなら止めはしない。

 多少は不便であるものの、嫌がる人間を連れていったところで足手まといになるだけだ。


 俺も少し休憩をとろうと思う。

 落ち着いたら準備をして出発するつもりだ。

 地上階はまだまだ遠い。

 ショートカットの手段でも見つかればラッキーだが、楽観視しすぎるのは良くない。

 しっかりと武装して、モンスターとの戦闘に備えたい。

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