第33話 名医の過去
イーサンは、紛れもなく名医に分類されるであろう人間だった。
軍医だった時期もあり、いずれも数多の命を救っている。
人工血液の開発にも従事し、彼が治療法を確立した難病も少なくない。
現代における真の天才と言えよう。
義体技術の普及も彼の貢献によるものだ。
元は医療のための技術で、身体が不自由な人々を助ける一環として開発が始まった。
イーサンの経験と専門知識は、プロジェクトを大いに躍進したという。
結果、義体のクオリティーは劇的に向上していた。
俺のその恩恵を受ける人間の一人である。
ところが数年前、義体技術が軍事用へとシフトした辺りから流れが変わった。
噂によれば、イーサンは各組織から圧力を受けた。
様々な脅迫の末、やむを得ず協力したと聞いている。
それから医者を引退して失踪した。
おそらく罪悪感からだろう。
イーサンは善良な人間である。
自らの技能が人殺しの道具に使われることが許せなかったに違いない。
かと言って自殺するだけの勇気もなかった。
とっくの昔に暗殺でもされているのかと思ったが、まさかこんな場所で細々と医者をやっていたとは。
なんとも意外だった。
名札と顔写真が別人なのは、おそらく整形して偽名を使っているからだろう。
どこかの権力者と手を組んだものと思われる。
新たな身分を手に入れて、医者の仕事を再開したのだ。
対価として何を要求されたのかは知らないが、彼なりに頑張っているらしい。
俺達に本名を明かしたのは、もう隠す必要もないからだと思う。
モンスターが跋扈し、自らの頭部にも寄生されているのだ。
もはや過去の経歴なんてどうでもいい。
俺はイーサン・オリアリーに関する経歴を説明し終えた。
黙って聞いていたミアナは横たわる彼を憐れむ。
「苦労人だな」
「まったくだよ。俺を参考にしてほしいもんだ」
俺は保管された資料を漁りながら笑う。
概ねミアナと同じ意見であった。
罪悪感を覚える人間は大変だ。
イーサンは未だに苦悩を抱えているようだった。
それだけでも災難だというのに、さらにこんな異形になってしまった。
彼の不運な人生には、さすがの俺でも同情せざるを得ない。
天才とは、いつの時代でも苦労しがちだ。
蔑まれることもあれば、イーサンのように利用されたりもする。
我ながら一般人でよかったと胸を撫で下ろしてしまう。




