248 縁の結び目
「すいませーん!」
迷宮都市の真ん中、魔術師たちの住まう辺りはいつでも静かで、こんな声が響き渡るのは珍しい。
鮮やかな赤いスカートの少女はとある私塾の扉をガンガンと叩いて、家主に向けて呼びかけている。
「はいはい、おまたせしたね」
何度かの強いノックの後に応答があり、扉が開いた。
中から現れたのは魔術師グラジラム・ポラーで、突然やって来た少女の姿を見て首を傾げている。
「お嬢さん、どんな御用かな」
「ここ、魔術を教えてくれる塾って聞いたんだけど」
グラジラムは頷き、そうだと答えた。
「わたし魔術を習いたいの。でもほら、魔術の塾って結構かかるでしょ」
だから、まずは授業の様子を見学させてほしい。
大きな瞳の少女はグラジラムを見上げて、返事を待っている。
「いいよ」
「え、本当に?」
なぜだか驚いた顔をされ、グラジラムも首を捻ってしまう。
「君が頼んできたのに、どうして驚いているのかな」
「他のところは駄目って断られたから……。ただで授業を覗こうとしてるんだろうって、追い返されたのよ」
「あははは、そうか」
そんなケチなことを言い出しそうな経営者に心当たりがあり、魔術師は笑う。
「ちょっと見たくらいで出来るようになるはずがないのになあ」
「そう、そうよね!」
「君は正しいよ。師匠探しは慎重にした方が良い」
少女は目を輝かせて頷き、くねくねと体を揺らしている。
「ちょうどこの後、学びに来る子が一人いるんだ。本人に了承が取れたら、見ていっていいよ」
「ありがとうございます。えっと、ポラーさんでしたっけ」
「ああ、私はグラジラム・ポラー。君の名前は?」
少女の名前は、ミクリシェリア・ツカル・ネレス。
探索者になる為に魔術を学ぼうと決め、既にいくつかの私塾を訪ねてきたという。
教室の隅の椅子で腰かけ、振舞われたお茶を飲んでいると、扉を叩く音が響いた。
すぐに若者が一人部屋に入って来て、シェリアの姿に驚いたような顔をしながら、グラジラムと挨拶を交わしている。
「コルフ、あの子は授業の見学をしたいそうなんだ」
「見学を?」
「どこで学ぶか決める為に、私塾を廻っているんだって」
手招きされて、シェリアは二人のもとへ向かった。
若者はなるほどと頷いて、優しげに笑みを浮かべている。
「俺はコルフ・ヒックマン。グラジラムさんはいい先生だよ」
脱出も教わったと話しているから、コルフはそれなりの腕があるのだろう。
今日は炎の魔術の扱い方を学ぶ為に来たといい、早速授業が始まっている。
「氷は自在に操れるんですけど、炎はなんでか同じようにいかなくて」
シェリアは教室の隅に戻って腰かけ、コルフとグラジラムのやり取りを見つめていた。
生み出すことはできるが、イメージ通りに操れない。
基礎ではなく応用について学びに来たようで、最初に言われた通り、見ただけで理解できる内容ではなかった。
コルフはゆっくりと指を動かし、胸の前に炎を生み出している。
虚空に生まれた炎はゆらゆらと揺れ、若者の周囲を赤く照らしていく。
シェリアは唇をぎゅっと結んで、初めて目にする「魔術」を見つめた。
コルフは視線に気付いて照れたような笑みを浮かべ、集中しなさいと注意を受けている。
「イメージの仕方を変えよう、コルフ。炎は氷とは違って、はっきりとした形がないからね」
グラジラムにあれこれ囁かれているうちに、若い魔術師の前に浮かぶ炎が大きくなっていった。
赤く輝く範囲は広がり、教室の中も暖かくなったように思える。
魔術で生み出された炎は熱いのか。触れたら火傷をしてしまうのだろうか?
そんなことを考えながら、シェリアは大きくなった炎の行方を見守っていた。
「飛ばすのもコツがいるよ、コルフ」
「氷ならうまくやれるんですけど」
炎は塊になって、ゆっくりと前へと進んでいった。
師匠から助言を受けて、弟子は何度もやり直し、幾度も炎を生み出していく。
少しずつ形を変え、大きな塊になり、飛ぶ速度も上がっていく。
何度目かの挑戦で、とうとう的にしていた鉄の棒に届きそうになっていた。
「いいじゃないか、コルフ」
「はい、だいぶ良くなりました」
「あとは慣れだよ。何度だって試してみなさい」
「いっぺんにいくつか飛ばすのって、難しいですか?」
「いや、大きくできたんだから大丈夫。あまり考えすぎない方がいい。炎には形がないんだから、君の思う通りにわけられるはずだよ」
コルフは乾いた笑い声を漏らし、努力しますと答えている。
これで授業は終わりのようだ。弟子は財布を出し、支払いを済ませていく。
「これでおしまい?」
グラジラムは頷き、見学者の少女に向けて微笑んでいる。
「魔術は基本の学びが最も大切だ。コルフは難しいことを学びに来たから、あまり参考にはならなかったかもしれないね」
「でも、面白かったわ」
魔術を目の当たりにしたのは初めてで、俄然やる気になっている。
鼻息を荒くするシェリアに、優しい顔をした師匠はこんな問いを投げかけてきた。
「君はどこかで決まった仕事はしているのかな。生活費などに不安はない?」
「うん、大丈夫」
「それは良かった。では、他の私塾の様子もよく確認しなさい。君が一番良いと思えるところに決めるといい」
「わかっ……、わかりました。いきなり来たのに親切にしてくれてありがとう、グラジラムさん」
精一杯の礼をして、外へ出る。
授業を終えたコルフもすぐに出て来たので、シェリアは声をかけていた。
「コルフだったよね。探索をしているの?」
若い魔術師は足を止めて、そうだと答えている。
「魔術を習いたいのなら、君も探索者なんだよね」
「うん、って言いたいところだけど、迷宮に行ったのはまだ一回だけ。しかもかなりの大失敗しちゃってさ」
魔術師街の道の上で、シェリアは自身の心構えについて話した。
非力な自分が迷宮に向かうには相応の準備が必要で、魔術を習おうと考えたのだと。
「へえ、それは立派だね。塾代を貯めるの、大変だったんじゃない?」
コルフは魔術師を目指していたものの、最初のうちは必死で剣を振り戦っていたという。
「日雇いの仕事も随分したよ。お金を貯めるのが、魔術師になるのに最初の大きな壁だよね」
「最初のってことは、壁、まだあるの?」
シェリアの問いに、コルフは深く深く頷いている。
「次は基礎が身に着くかどうか。全然出来ない人もいるっていうし、一種の賭けだよ」
会話は終わり、コルフは東へ向かって歩き出している。
グラッディアの盃へ帰るには同じ方へ向かえば良く、シェリアは魔術師の隣を歩いて進んだ。
大通りに出たら、お次は南へ。
コルフは少し進んだ先で立ち止まり、じゃあここで、と少女に向けて手を挙げた。
樹木の神殿の隣にある、大きな屋敷の前で。
「ねえ、ガスパンを知ってる?」
「ガスパン? ここの住人なら知ってるけど」
「じゃあ、ケルディも知ってる?」
コルフは頷き、知っているけどと答えた。
シェリアは慌てて魔術師の袖を掴み、ちょっといいかと問いかける。
「わたしたち、ケルディを仲間にしたいの」
「え? ケルディって、樹木の神官のケルディ・ボルティムだよね」
なんでまたと問い返されて、シェリアは事情を話していった。
迷宮の中で起きた出来事について。
命の恩人であり、運命の出会いにつき、仲間にしたいと考えていると。
「へえ、そんなことがあったの」
「仲間になるように言ってくれない?」
「え、俺が? 確かにケルディは知ってるけど、そんな話をするような仲じゃあないよ」
そこまで話したところで、屋敷の大きな窓の向こうに並ぶ顔にシェリアは気付いていた。
興味津々といった様子で二人が話す様を見つめる者が何人もいて、そのうちの一人が窓を開け、声をかけてくる。
「コルフ、誰だよその女」
魔術師は振り返って、塾で偶然会ったんだと答えている。
「ケルディに助けられたんだって」
大柄な男は鼻で笑って、へえと声をあげている。
コルフも窓から覗く男も、ケルディを知っている。
ガスパンたちもここで暮らしているようで、シェリアは不思議に思った。
「ここってなに? 随分大きなお屋敷だけど」
高名な探索者であり、元は樹木の神官長であったカッカー・パンラの屋敷であり。
家主は北にある小さな村に移って、ここは初心者の為に解放されているという。
「ここで暮らせるってこと?」
「誰でも受け入れるわけじゃあないよ。今は女の子もいないし」
コルフから一通り説明を受け、シェリアは急いでねぐらへと戻った。
樹木の神殿からグラッディアの盃は近く、二階へ駆けあがるなり相棒へ向かって叫ぶ。
「エルン、ちょっと! すごいこと聞いちゃった!」
「塾が見つかったの?」
同じ部屋で暮らすエルンへ、カッカーの屋敷について捲し立てていく。
ガスパンたちが口にしたのはそこで、探索初心者たちが学び暮らす為のところだったのだと。
「ラディエルをあそこに住まわせたらどうかな」
「ラディエルを?」
「そう。先輩たちが住んでて、いろいろ教えてくれるらしいの。やらなきゃいけないこともあるみたいだけど、宿代はいらないんだって」
「無料なの?」
品のない笑い声を漏らしながら、シェリアは大きく頷いてみせた。
「ラディエルが北のボロ宿暮らしじゃいろいろ不便じゃない。樹木の神殿なら近いし、指導してもらえるのもありがたいでしょ」
「確かに」
「それに、樹木の神殿が隣にあるなら、ケルディとも顔を合わせやすいと思うんだ。絶対に役に立つと思う」
「くうーっ! それ、すごくいいアイディア!」
二人は揃ってグラッディアの盃を飛び出し、北へ向かって早足で進む。
もう一人の仲間である探索初心者のラディエルは、東の大門近くの「勇士のあしあと」という名の宿に逗留していた。
「ラディエルー!」
大声をあげて仲間を呼び出し、用件を告げる。
騒がしい女子たちから告げられた話に、ラディエルは静かに頷いていた。
「カッカーって、有名な探索者だった人だよな。聖なる壁と呼ばれてた」
「そうそう。そのお屋敷、管理人と話して問題なかったら暮らせるんだって」
シェリアが説明を引き受け、エルンは隣で微笑んでいる。
「ちゃんとした人なら良いって話みたいだし、ラディエルなら大丈夫でしょ」
善は急げとばかりに、三人で大通りを進んでいく。
急に押し掛けてきた三人組に管理人は驚いた顔をして、今は空きがなく、二人までしか入れないと話した。
「あ、あたしたちはいいの。ラディエルだけで」
シェリアとエルンの声が大きいせいか、屋敷の廊下に若者が大勢集まっていた。
その中にはガスパンの姿があり、「緑」の迷宮で手を貸してくれた面々も並んでいる。
「わあ、本当に来たぞ」
「ここで暮らすのかな」
「部屋に空きがあったっけ?」
ラディエルは管理人の部屋に招かれ、廊下に集う面々に静かにするように注意が飛んで、扉は閉まった。
「ここじゃ邪魔かな。外で待つ?」
エルンがこう言い出したのは、いかにもガスパンたちが声をかけてきそうだと考えたからなのだろう。
騒がしくしたら、面倒な連中だと思われてしまうかもしれない。せっかくの計画が台無しになるのは嫌で、シェリアも頷いている。
「そうだね。外で待ってるって伝えてもらお」
このくらいの伝言なら、間違いなく引き受けてもらえるだろう。
シェリアが廊下の先に目を向けると、足音が響き、見覚えのある顔が二階から降りてくる。
魔術師の私塾で出会ったコルフと、その背後に窓から顔を出していた大男が続く。
更に三人。男ばかりの五人組だが、コルフの隣に並んだ顔のあまりのなつかしさに、シェリアは思わず大きな声をあげていた。
「カミレイル?」
短く切り揃えた黒髪に、見覚えがありすぎる茶色の瞳。
記憶よりもずっと背が伸びてすらりとしているが、間違いなく故郷の、スアリアで暮らした日々で長い時間共に過ごしてきた幼馴染、カミレイル・ダル・エッセに違いなかった。
「……シェリア?」
「やっぱり! そうだよね、カミレイルだよね!」
「知り合いなの?」
「うん。カミレイル!」
エルンに適当に答えて、旧交を温める。
そのつもりだったのに、当の幼馴染の態度は冷静極まりなかった。
「どうしてここに?」
「どうしてって。……迷宮都市にいる理由? そりゃあ、探索者になる為よ」
カミルは鼻に皺を寄せ、そう、と呟いただけで食堂へ向かってしまった。
コルフに肘でつつかれているが、黙ったまま隅の席に腰かけ、五人でテーブルを囲んでいる。
「ねえ、ちょっと、ガスパン」
でれでれと照れた顔をする屋敷の利用者を捕まえ、情報を集めていく。
カミレイル・ダル・エッセはカッカーの屋敷の住人であり、スカウトとして活躍中。
利用者の中では経験が豊富、魔術師と神官の仲間がいる良い五人組の一員で、「藍」や「赤」の探索に勤しんで成果をあげている。
「すごいじゃない、シェリアの幼馴染」
前に話していた人かエルンに問われ、頷いて。
「あそこで集まってるのが、組んでる仲間なの?」
「そうだよ。みんな頼もしいし親切なんだ。手が空いている時は、探索に付き合ってくれるんだよ」
今はきっと、次の探索について話し合っているんだと思う。
情報は存分に入ってきたが、カミル本人の反応は鈍い。
久しぶりに、しかも異国の地で偶然に再会した幼馴染の少女がいたら、少しくらいは話をしようと思っても良さそうなものだが。
今は五人での話し合いに集中した様子で、視線を向けるそぶりさえ見せない。
ちらりとすら、シェリアを見ない。
コルフともう一人、小柄な可愛い顔の誰かとは目が合っているのに。
様子を窺っている間に、苦い記憶が蘇っていた。
幼い頃、隣国スアリアでの日々、同じ町で育った幼馴染について。
「ねえシェリア、エルンも。良かったら飲み物を用意するよ」
ガスパンたちはへらへらとした顔で、聞きたいことがあるならなんでも教えるよと笑っている。
それでシェリアたちも食堂の隅に招かれ、喉を潤しながら世間話をいくつか交わした。
話すのは主にエルンで、シェリアはじっと、カミルを含んだ五人組を見つめている。
大柄な戦士らしき男は少しガラが悪いものの、体に厚みがあり、鍛えていそうだと思える。
コルフが魔術師、カミルがスカウトとなれば、小柄な可愛い顔は神官なのだろう。戦いは苦手そうだが、落ち着きがあって、声も穏やかでいかにも神官らしい。
となると、最後の一人は戦士ということになる。大柄とは違ってすらりとしているが、こちらも落ち着きがあり、皆の話をよく聞いているようだ。
戦士だからといって、いつでも血気盛んである必要はない。探索をするのならば、状況を正しく判断し、冷静に物事を決められる方が良い。
タイプの違う前衛を揃えていると考えるべきで、あれが「良い五人組」なのかとシェリアは考えている。
「カミルたちが気になるの?」
「古い知り合いなの、カミレイルは」
「ああそうか、本当はカミレイルって名前だったんだっけ」
ガスパンたちはにこにこと頷いて、「赤」のニ十層目まで行ったらしいよ、とシェリアたちに教えてくれた。
「赤」は素人が足を踏み入れられる場所ではないし、半分以上、十八層以上も行けるとなるとかなりの実力があるのではと思えて、そわそわしてしまう。
「ねえ」
エルンに肩をつつかれ、シェリアは唇を結んでいた。
相棒の言い出しそうなセリフはきっと「仲間に出来ないかな」であり、多分無理だろうと感じている。
話し合いは終わったらしく、五人組は一斉に立ち上がって食堂を出て行ってしまった。
カミルは結局シェリアへ目を向けることはなく、エルンも思うところがあったのか唇を尖らせている。
「エルン、シェリア」
代わりに食堂にラディエルが現れ、いつも通りの気真面目な顔をほんの少しだけ緩ませてみせた。
「ここで暮らすことになった」
「わあ、良かったね」
「宿を引き払ってくるよ」
たいした荷物はないけどとラディエルは言い、エルンは「そうだ」と呟き、シェリアの背中を叩いた。
「じゃあ、あたしたちはケルディに会いに行こうよ」
「そうだね。神殿にいるかな」
北へ向かうラディエルを見送り、二人はそのまま隣に建つ樹木の神殿へ向かった。
入口から入るとすぐに目当ての人物の姿が目に入り、早足で進んでいく。
今日は掃除を任されているらしく、ケルディ・ボルティムは真剣な眼差しで神像を拭いている真っ最中だった。
二人が近付いても気付かないようで、エルンと声を合わせて名前を呼んだ。
「エルン、それにシェリアも」
ケルディは立ち上がり、神官らしく再会を喜ぶ祈りの言葉を囁いている。
「元気にしてた?」
「ああ、変わりはない。君たちはどうかな。体調に変化などは」
「あたしたちは大丈夫」
樹木の神官はそれは良かったと答えて掃除に戻る。
シェリアはエルンと共に傍の長椅子に腰かけ、ねえケルディと声をかけていった。
「ケルディ、あの話、どうかな」
「すまないが、今は掃除の最中で」
「掃除してても話はできるじゃない。あ、良かったら手伝おうか。ねえ、エルン」
「いや、これは私の仕事だ。神官としての大切な勤めだから、君たちは座っていてくれ」
そう答えた後にはたと気付いたような顔をして、ケルディは真摯な眼差しを二人に向けている。
「せっかく神殿に来たのだから、祈りの時を持ってはどうかな。必要ならば神官を呼ぶが」
「あ、うん、お祈りね。そうだよね、せっかくだし」
二人で慌てて手を組んで、もにゃもにゃとお祈りの言葉を探す。
神像の足元を丁寧に拭き終え、ケルディは持っていた布を水にひたし、絞っている。
「ケルディが仲間になってくれますように」
エルンがふいにこう口に出し、シェリアは思わず笑ってしまう。
祈りのふりをした要望は本人にばっちり聞こえて、ケルディはぴたりと動きを止めていた。
「……前に誘ってくれた時に話したが」
「うん、覚えてるよ。まだ駄目だったんでしょ?」
ラディエルと再会を果たした日、三人で神殿へ突撃したが、ケルディ・ボルティムを仲間に引き入れることは出来なかった。
神官として大いに反省している真っ最中で、探索に集中できる状態ではないと、断られていた。
「もう充分なんじゃない?」
エルンの明るい声に対し、ケルディの表情は暗い。
「私はまだまだ未熟で、大勢の人々と語らい、学ばねばならないのだ」
「立派だと思うけどなあ」
「君たちを助けられて本当に良かったとは思っている。だが、そもそもあの時の行動は探索者として良い物とは言えない。ああいった場面で、神官としてどのように振舞うべきなのか、正しく理解しなければならないのだ」
「神官らしくはあったでしょ」
エルンが言い出し、シェリアも同意していく。
「本当だよ。ケルディがいなかったら、皆無事ではなかったもん」
「浅い層だったから出来たことだ」
二人で一生懸命持ち上げてみるが、ケルディはどうやら乗ってくれないようだ。
謙遜の言葉ばかりを口にして、神像磨きに集中しようと、シェリアたちに背中を向けている。
それでもああだこうだ言っていると、背後から声がかかり、年配の神官が立っていた。
「君たち、少しいいかな」
年配の神官はネイデンと名乗り、二人は神殿奥の小部屋に招かれ、並んで座った。
「ケルディから話は聞いている。『緑』の探索中に、君たちを助けたと」
「そうなんです。仲間の二人が大怪我しちゃって、もう駄目だと思ったところに来てくれて」
ネイデンはゆっくりと頷き、話し続けようとしたエルンを手で制した。
「ケルディは今、深い悩みの中にいる。彼は大志を抱いてこの迷宮都市に来たが、いくつか間違えていたと気付いて、自分を変えようとしている真っ最中なんだ」
樹木の神官戦士が大きく成長する為に、この時間はどうしても必要なものだから。
ネイデンは穏やかな声でこう語り、二人にどうか待ってほしいと頭を下げている。
「君たちを救えて本当に良かった。目の前の命と真剣に向き合うことができたのだからね。探索に付き合う神官の立場は複雑で、地上とは少し違うものにしなければならないが、この経験はとても大きい。ケルディにとってかけがえのないものになったはずだ」
エルンは黙って頷いており、シェリアもなにも言えず、ネイデンの声に耳を傾けるしかない。
「焦らずに待っていてくれないかな。君たちに仲間になってほしいと願われて、ケルディは本当に救われているから」
「救われている?」
「そうだよ、お嬢さん方。仲間に神官を求めるのは、真剣に迷宮に挑もうと考えているからだろう。ならば、より強く成長したケルディ・ボルティムを待った方が君たちの為になるのではないかな」
「……確かに」
「何年も待ってほしいわけではないよ。案外すぐに大きな気付きを得るからもしれないのだから」
今日のところ諦めて欲しいと言いたいのだろう。
父よりも年上であろうネイデンに頭を下げられては、嫌だなんて言えるはずもない。
ネイデンに礼を言い、神像を磨くケルディにまたねと声をかけ。
神殿から出て、グラッディアの盃へ向かう道の上で、二人はああだこうだと話しながら歩いている。
「探索の前に魔術を覚えなきゃいけないから、その間待つと思えばいいんだよね」
「あたしももっと鍛えなきゃ。というか、剣を買いなおさなきゃいけないし、しばらく集中して働いた方がいいのかも」
良い塾は見つかったのか問われて、シェリアの脳裏に浮かんだのはグラジラムの顔だった。
見学を申し出ても断られてばかりだし、女というだけで門前払いされたこともあり、親切だと思えたのはたった一人しかいない。
「うん。まだいくつか見に行く予定だけど、でももう、決まったかもしれないなあ」
「そうなんだ。いい先生がいたんだね」
エルンは良かったと笑い、シェリアも気合を入れていく。
帰り道はすぐに終わって、部屋に戻ってからも話はまだ続いていた。
「ケルディは待つとして、あとはスカウトだよね」
「あのカミルって人、どうなの。腕は随分良さそうじゃない」
お互いベッドに腰かけ、向かい合って、シェリアは苦い気分で俯いていた。
その様子にエルンはけらけら笑って、仲良くないの、と問いかけて来る。
「良くはないかな。悪くもないんだけど」
「接点とかなかったの?」
「いや、あったよ。家もすぐそばだし、親同士は仲が良かったし、きょうだいも年が近いし。付き合いはあったんだけど」
カミレイル・ダル・エッセは同年代の子供たちの中では最も理屈っぽく、意思の強い男の子だった。
どんなにわがままを言っても、可愛さを振りまいても、泣いても、ごねても通用せず、シェリアが勝利したことはない。
おやつも譲ってくれないし、なにを頼んでも、正当な理由がない限り、取り合ってもくれなかった。
「カミレイルはとにかく、簡単にはいかない奴でさ」
「簡単って?」
「他はみんなチョロかったの。おじさんもおじいさんも子供も、男ならみんなほいほいわたしのお願いを聞いてくれたのよ」
「あの人は駄目なの?」
「うん、ぜんっぜん。ちゃんとした理由を言って、説明して、納得させないといけなくて」
シェリアの「おねがい」を簡単に聞いてくれなかったのは二人だけ。
父とカミルの二人だけだった。
「へえ」
「なにもかもそううまくはいかないんだって、二人が教えてくれたんだよね」
爪を噛むシェリアの悔しそうな呟きに、エルンはそれは楽しそうに笑った。
「なによ、エルン」
「いや、だって……。なんなの、おねがいって……」
どうやって言うことを聞いてもらうの?
相棒に尋ねられて、シェリアは記憶を探っている。
「こんな感じかな」
胸の前で手を合わせ、上目遣いで、瞬き多め。
実際にやってみせると、エルンは腹を抱えてますます笑った。
「そんなの……、したことない……!」
「エルン、あんた、笑いすぎだから!」
「だって……、そんな、わざとらしい! あははは!」
「ちょっ、もうやってないから! 通じないってわかって、小さい頃にとっくにやめたの!」
「ふはは!」
「もう、エルン!」
ぽかぽかと叩いてみても、非力な拳はまるで通じない。
エルンのよく鍛えた頑丈な体に改めて感心しながら、シェリアは明日の予定を考えていく。
訪ねておきたい私塾はあと二つ。すべてまわったらよく吟味して、ひとつに決めて、魔術師への道を歩み出す。
決意を固めたら気持ちがしゃっきりした気になって、シェリアは満ちたりた気分で眠りに落ちていった。




