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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
53_Outburst of Anger 〈これにて終幕〉

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246 使命感を抱いて

 迷宮都市の東の大門に、二人の男が佇んでいる。


 どちらもこの街の住人にしてはしゃれた装いに身を包んでいて、明るい色のズボンと首に巻き付けた派手な柄のスカーフが特に目立つ。

 黒髪の筋肉質な男の名はノッグ、赤茶の髪で背の高い男の名がダルツで、三日続けて馬車の発着場を訪れていた。


 二人は馬車が到着するたびに近付いて、降り立つ客へと目を走らせている。

 一台目、二台目には乗っていなかった。三台目も駄目。


「今日も来ないのかも」

 ダルツはため息を漏らし、よほど王都が楽しいんだろうなと呟いている。

「いや、さすがに来るさ」

 ノッグは虚しさを覚えながらも、前向きな言葉を吐き出し、同僚の背中を叩く。

 次こそは、乗っていて欲しい。


 一大事なのだから。

 

 二人でこそこそやり合っている間に四台目の馬車がやって来たが、目当ての人物の姿はない。

 すっかり指定席になった樽の上に腰かけ、揃ってぐったり項垂れて。

 

「どうして乗ってないんだよ。速く来てくれよ」


 ダルツの呟きは悲観的で、祈りとは程遠い。

 けれど今日の女神はよほど二人を憐れに思ったようで、願いを叶えてくれた。


「おう、来たぞ! ノッグ、ダルツ、どこにいやがる!」


 八台目の馬車には客が一人しか乗っていない。

 恐らくは勝手に馬車を占有し、他の客を乗せなかったのだろう。


 降りてきた男は背が低いものの、体の厚みは相当なものだし、睨むような目つきをしていて威圧感がすごい。

 声も大きく、地の底から響くよう。気の弱い者なら逃げ出すかもしれないほど、恐ろしい気配を放っている、


 男の名は、ホロガン・ウベーザ。

 マリーデン発の歌と踊りの殿堂、男の為の社交場であるウベーザ劇場を興した一族の一人で、「問題解決」の為に迷宮都市を訪れていた。


「劇場はどっちだ。おい、お前、このまま俺たちを乗せていけ」

「へっ? それはできません。乗り合いの馬車はここまでって決まりがありまして」

「なんだと? 俺のいうことが聞けないのか!」


 ホロガンは目をぎょろりとさせて怒鳴り、御者を震え上がらせている。

 見た目の通りの乱暴者で、自分勝手で短気、気に入らなければ怒鳴り、殴って、無理矢理にでも自分の要求を通そうとする男だった。


「ホロガンさん、駄目ですよ」

「馬車じゃ通れないんです。本当に。あんまり騒ぐと厄介なことになっちまいます」


 ノッグとダルツでなんとかホロガンを止め、御者に早く去るように言う。

 さあさあ行きましょうと歩き出し、門をくぐって、大通りを西へと向かった。


 ホロガンはぶつぶつと文句を言い、あちこちに視線を走らせ、迷宮都市の印象についてこう語る。

「噂通りの荒れ地だな。木が一本も生えてねえ!」

「そうなんですよ」

「草もなきゃ、虫もいないって話で、ははは」

 ノッグは左側、ダルツは右側に立ち、適当に相槌を打ちながら道を進んでいく。

「どうなってんだ、どこもかしこも男ばっかりじゃねえか。女はどこだ? まさか、いねえのか」

「この辺にゃいないんです」

 なんでだ、どこにいるんだと騒ぐホロガンに肩を叩かれ、ダルツは呻くように答えた。

「このまま進んでいくと、娼館があって」

「へえ。そいつはいいな」


 余計なことを言いやがって。

 心の中で悪態をつきつつ、ノッグはホロガンを抑えるべく、言葉を探す。


「まずは劇場の確認からですよ」

「お前らも何度か通ったんだろう。どの店にいい女がいる?」

「いやあ……。それが、この街にはたいした女はいないんですよ。田舎から出稼ぎに来てる芋娘ばっかりで」

「はあ? 嘘を言うんじゃねえ!」

「いやいや、嘘なんて言うわけがないじゃないですか。冴えない女しかいないから、劇場だってうまくいったんですよ」


 こんな適当なでまかせを、ホロガンはあっさりと信じてくれたようだ。

 それじゃあ行く価値がないかと呟いて、ゆっくりとだが目的地に向かって歩き始めてくれたから。



 三店舗目となる新たな劇場は、これまでよりも大きく立派なものを造りたい――。


 迷宮都市に三つ目のウベーザ劇場を作る計画は、うまくいった。

 西側の建物が老朽化し、建て替えの必要があるという話を聞きつけ、土地をおさえて、理想通りの大劇場を建てることができた。

 うら若い娘たちに煌びやかな衣装を着せ、客席でしっかりとサービスをさせて。

 迷宮都市で暮らす成功者たちは想像していた以上に金を持っていて、劇場に富をもたらしてくれた。


 次はなにをしようか、計画していたのに。歌や演奏が出来る者をもっと増やして、客を飽きさせないよう工夫しなければならないと話していたのに。


 誰よりも熱意に溢れていたはずの劇場の支配人、バジム・ウベーザは突然狂った。

 街中でちらりと見かけただけの黒い肌の美女に溺れて、経営を放り出し、誰の言うことも聞かなくなってしまった。


 まだ若いバジムの補佐として、ノッグはダルツと共に働いていた。

 金や備品の管理、従業員たちへの指導など。

 やることは山のようにあったが、充実した日々だった。成功の手応えに高揚していたのに。


 なにもかもが崩れ去ってしまった。

 

 従業員たちの脱走があり、バジムは引きこもり出て来なくなって、仕方なく二人で本店へと戻った。

 混乱状態の職場から持ち出せたのは、運営資金の入った金庫だけ。

 その他はなにもかもが奪われた。持ち去ったか売り払ったかはわからないが、備品の類は一切なくなり、失われてしまった。


 裏切者を探し出すのも、盗まれた物を取り返すのも、おそらくは不可能。

 支配人バジム・ウベーザは行方不明。

 

 こんな散々な迷宮都市店をどうするか。

 話し合いの結果、「ホロガン・ウベーザに任せる」と決まり、二人はラディケンヴィルスに戻っていた。

 

 実際には話し合いで決まったわけではない。ホロガンが名乗りをあげ、自分にやらせろと暴れ何人か殴って、それで良いとなっただけ。

 バジムの従兄弟であるホロガンは幼い頃から乱暴で、頭と手癖が悪い厄介者として知られている。

 解決できるはずがないが、迷宮都市店の惨状のせいもあり、一旦任せてみようという話になってしまった。


 ノッグとダルツにとっては最低最悪のアイディアだが、嫌だと言える立場にない。

 バジムの乱行を止められなかったのだから。

 支配人を無視してでもまともな営業をするべきだったのに、出来なかったから。


 ホロガンならば、すぐに面倒になって投げ出してしまうだろう。

 劇場の祖であるルーバ・ウベーザはそう言い、しばらくホロガンに付き合い、息子であるバジムを探し出すよう二人に命じている。

 

 不安に思っていた通り、計画は不穏なまま始まり、まんまと一日目からトラブルが起きていた。

 王都に着いた途端にホロガンがはしゃぎだし、少しだけ遊んでから向かうと言って飛び出していってしまったから。

 

 俺が着くまで劇場には足を踏み入れるな。

 命令は滅茶苦茶なのだが、バレたらただでは済まないから、従うしかない。

 街の北東の安い宿で愚痴を言いながら、待って、待って、ようやく仕事始めの時を迎えている。


「あれか。ほう、ほう、こりゃあ随分とでっかいな!」


 街の西側に辿り着いたところまでは良かったが、現場の惨状を目の当たりにして、ホロガンは不機嫌の塊と化してしまう。


「なんでこんなに汚ねえんだ!」


 長い留守のせいか、入口の扉の前にはごみが積まれている。

 破れたり汚れた服が落ちているし、腐った食べ物も多く投げ捨てられたようだ。

 早くなんとかしろと怒鳴られて、ダルツが走り出す。

「裏から掃除道具を持ってきます!」

 抜け駆けして良いのは一人だけで、ノッグは不快な臭いを堪えながら、ごみをどけていった。

 大きな物はなく、隅に除けるだけならそう時間はかからない。


 扉の前は片付いた。が、鍵がかかっていて開かない。揺らしてもびくともしない。


 結局裏の狭い隙間から入りこんで、灯りがなくてなにも見えないと騒ぎ、燭台を用意しなければならず。

 中の様子を確認できたのは夕方になってからだった。

 何もないし、誰もいない。バジムが閉じこもっていた部屋も無人で、残っていたのはいくつかの楽器と、客席として使っていたテーブルと椅子だけ。

 大きくて重たい物だから、運び出せなかったのだろう。


「バジムは何処に行っちまったんだ?」

 惚れた女のところにいるのか、とホロガンは言う。


 黒い肌の女の態度は冷淡で、まるで相手にされなかった。

 一度だけ会えた時の様子を、その場に立ち会った者から聞いている。


「女を探しに行くぞ」

「あの、ホロガンさん。もちろん、その女にも話を聞いた方がいいんでしょうけど」


 ダルツは首を傾げて、雲の神官が訪ねて来たことを話している。

 劇場が完全に営業を停止する前に、何度かやって来て、バジムのしでかした事件について調べていたのだと。


「俺らがここを出た後も調べていたかもしれません。バジム様の行方もなにか知っているかも」

「いけすかねえ神頼みの連中が、嗅ぎまわっていただと?」


 生来の乱暴者らしく、信仰心などかけらも持ち合わせていないのだろう。

 ホロガンは一瞬でいきり立ち、神殿へ案内しろと叫んだ。


 余計なことを言ってと思うが、止める自信がない。

 目だの後頭部だのをすぐに殴って来るような相手で、機嫌を損ねたくない。損ねたとしても、矛先を向けられたくない。


 なのでノッグは、二人と共に雲の神殿へと向かった。


「おう、おう! バジムは何処だ!」

 足を踏み入れるなりホロガンが吠えて、神官たちは驚いて目を丸くしている。

「雲の神殿へ、どのような御用でいらしたのですか」

「バジムのことを嗅ぎまわってやがったんだろう、お前ら。何処にいる? 隠してるんなら今すぐ出せ!」

「バジムとは」


 駆け寄ってきた女性神官の腕を掴んで、捻り上げ。

 耳に触れてしまいそうな程顔を近づけて、暴れん坊はまた叫んだ。


「ウベーザ劇場の支配人だあ!」

 神官は苦しげに呻いたが、凛とした眼差しで突然の来客を見つめている。

「劇場とは、この近くに出来た?」

「他に劇場なんかねえだろう! 歌と踊りの、男の為の娯楽の殿堂が他にあるってのか!」


 意味もなく大声をあげて神官を慄かせ、ついでに近くの長椅子を蹴り飛ばし。

 そんな大暴れをしていれば、大勢駆けつけるのは当たり前だ。

 すぐに白い衣を纏った神官が何人もやって来て、狼藉者の三人組を囲んでいる。


「君、何故その神官の腕を掴んでいるのかな」


 代表して前に進み出てきた者は、穏やかだがよく響く声でこう呼びかけてきた。

 他の神官とは違う衣を纏った壮年の男は短い祈りの言葉を囁き、ホロガンへ手を離すように告げたが、乱暴者には通じない。


「バジムは何処だ!」

「バジム殿を探しているのか。ならば、私が知っている限りを伝えよう」

「知ってやがるんだな」


 ホロガンは荒々しく手を離して、女性の神官は床に倒れ込んでいる。

 長の腕章をつけた神官はホロガンたちの前にやって来ると、まずは座るように話した。だが。


「うるせえ!」

「ゲルカ様!」

 

 突如振るわれた謂われなき暴力に、神官長は倒れ、神官たちの様子もさすがに変化を見せていく。

 大柄な男性神官が進み出て来たし、外へ駆け出した者もいたようだ。


「ホロガンさん、やめてください」

「そうですよ。話してくれるって言ったじゃないですか」

 これ以上話を複雑にする訳にはいかず、ノッグはダルツと共にホロガンの腕を掴んだ。

「こういうのは最初が肝心なんだ。きっちり躾けてやらないと」

「駄目です、駄目です」


 歯を剥いて唸るホロガンに、ノッグは心底うんざりしていた。

 けれどここで放り出せば、事態はますます悪化していくだろう。

 

 女を扱う商売をするなら、雲の神殿と揉めない方が良い。

 ルーバ・ウベーザはそう言い、バジムもこの教えをちゃんと覚えていた。

 最初の脱走者が出た時、文句を言いに雲の神殿に怒鳴り込んだが、用心棒たちにあまりしつこくしてはならないと釘を刺していたはずだ。

 

 ホロガンだって耳にしたことがあるはずなのに。

 覚えていないのか、暴れ足りないだけなのか。

 部下二人を振り払い、起き上がった神官長をまた突き飛ばし、あまりの惨状に神官たちも悲鳴をあげていた。


「やめて!」


 並んだ長椅子の中に倒れ込んだ神官長の前に、一人の女が駆けて来る。

 女は震えながらも両手を広げ、ホロガンたちに向けて声を上げた。


「やめてください、ホロガン様。バジム様はもう、いないんです!」

「なんだお前は」

「迷宮に行って、戻って来なかったんです。ザグとジュエットも一緒に」


 バジムが最も可愛がっていた部下の名前が出て来て、ノッグは首を捻っている。

 そんな同僚よりも少し勘が良かったのか、ダルツは女の正体に気付いたようだ。


「ラジュじゃねえか!」

「えっ」


 いつもの化粧をしていないせいで気付けなかったが、よく見てみれば確かに、劇場で偉そうに振舞っていた歌姫がそこに立っていた。

 

「ラジュだと? どうしてこんなところに居やがるんだ、お前。それに、バジムがどうしたって?」

 ホロガンはラジュに迫り、またも極限まで顔を近づけている。

「言った通り……です。バジム様は、迷宮に入って、戻って来ませんでした」

「迷宮だと? なんでそんなもんに入ったんだ? 出て来なかったってのはどういう意味だ」

「わかりませんよ、あたしには。急に行くって言い出して」


 二人の背後に神官たちが集まって、長を助け出している。

 ゲルカと呼ばれた神官長は頭から血を流しているが、手を借りてなんとか立ち上がっていた。


「ラジュ、てめえ、どうして止めなかった!」

「止めましたよ! 止めたけど、聞いちゃくれなかったんです」


 きゃあ、と悲鳴が上がったのは、ホロガンが腕を掴んだからだ。

 

「やめなさい! 今すぐ手を離し、神殿から去るのです!」


 女性の神官が声をあげ、大柄な男性の神官が迫って来る。

 ホロガンはいつものように声をあげて威嚇をしたが、通用せず、ラジュと引き離されていた。


 そのまま外へ追い出され、いきり立つホロガンをなんとかなだめて、劇場へと戻った。

 ダルツは食事を買いに走り、ノッグは最悪の上司と共に二人きり。


 ぶつぶつと文句を言い、時々テーブルや椅子を殴りつけては壊すホロガンに、意味があるのかと疑問に思いつつも声を掛けていく。

 まずは落ち着きましょう、後で改めて話を聞きに行きましょう、劇場の状態をしっかり確認しましょう。

 一旦はそうだなと言う癖に、ホロガンはすぐに苛々を募らせて、物に当たった。


 早く帰って来てくれと、ダルツの顔を思い浮かべておく。

 踊り子の尻を触ってはにやにやと笑ういけ好かない男だが、一秒でも早く帰ってきて欲しかった。


 ホロガンがいては、宿屋は使えない。高いところを使う予算などないし、結局どんな宿を利用しても絶対になんらかのトラブルを起こして、追い出されてしまうだろうから。

 今夜はこの劇場で、長椅子を並べてベッド代わりにするしかない。


 つまり、眠る準備もしなければならない。

 面倒だし、三人で並んで眠るのも気が進まない。

 なんの問題もなく進められるとも思えない。

 なにひとつスムーズに進むはずがなく、憂鬱でたまらなかった。

 

 それもこれも、バジムのせいだ。

 開店した時の勢いのまま営業を続けていければ、それで良かったのに。

 

 ノッグがため息をついていると、扉を叩く音が響いた。

 買い物が終わってダルツが戻ってきたのだろう。

 安堵しながら入口へ向かって鍵を開けたが、扉の向こうに居たのは男ばかりの四人組で、見たことのない制服を身に着けている。


「なんでしょう。……どちらさんで?」

「我々は迷宮調査団の者だ。雲の神殿が襲撃を受けたと聞き、調査に来た」

 一番前に立つ男はヘイリー・ダングと名乗り、鋭い目をノッグに向けている。

「や、襲撃だなんて、大袈裟ですよ。あたしらはこの劇場の経営に関わってる者で、支配人の居場所を知りたくて、ちょっと尋ねに行っただけなんですがね」

「神官たちに一方的に暴力を振るったと聞いたが」


 神官長に怪我を負わせ、神殿に身を寄せる女性も脅しつけ、長椅子も破壊した。

 調査団員の話は真実そのもので、否定のしようがない。


「行方を尋ねただけと言えるのかな」

「いや、その……。調査団さんでしたっけ、あたしらも困っているんですよ。ここの支配人の行方がわからないのは本当なんです」


 こそこそと、厳しい瞳の調査官へと告げていく。

 捜索と再建の為に来ただけなのに、支配人の従兄弟である厄介者がついてきたのだと。


「止めたんですよ、あたしらも。神官さんたちに暴力を振るう理由なんかなかったんですから。神官長さんは話を聞かせてくれると言ったのに」

「それが君の言い分か」

「神官さん方には悪いことをしたと思っています。改めて謝罪させて頂きますが、本当に、本気で困っているんですよ、あたしらは。平和的に進めるつもりでいたんですから」


 ホロガンがこの会話を聞きつけてやって来るのではないか、ノッグは気が気ではない。

 背後をちらちらと窺いながら話す男になにか感じるものがあったのか、調査官は「わかった」と答えた。


「雲の神殿のクラステン神官長は、ことを荒立てるつもりはないと仰っていた」

「え、そう……。なんと心の広いお方なんでしょう」

「この劇場の支配人について、むしろ伝えたいことがあるそうだ。魔術師の屋敷への襲撃についても調べておられたから」

「襲撃って、あの」

「なにか知っているのかな」


 ノッグは頷き、少しだけ、と答えた。

 得体の知れない襲撃事件は、自分が寝ている間に実行されていた。

 用心棒が一人も残っていなくて、そんな異常事態を少女たちに気付かれて。

 劇場は混乱に陥り、あの日は本当に大変だった。


「神官長との面会は可能だが、我々の同席を条件にさせてもらう。理由なく暴力を振るう者の参加は断る」


 それで良いかと問われ、ノッグは悩みながらも了承していた。

 ノッグかダルツか、どちらかが話し合いに参加し、もう一人がホロガンの相手をして待つしかない。

 

「今日はもう遅いから、明日以降に」

「わかりました」

「先に調査団へ来てくれ。雲の神殿には勝手に足を踏み入れないように」

「はい、はい、仰る通りにしますんで。お手間をおかけして申し訳ない、本当に」


 情けない気分で調査団の面々を見送ったところで、ようやくダルツが戻ってきた。

 食事の他にもなにか買ってきたようで、両手に荷物を抱えている。


「酒か、それ」

「俺たちの分だよ。飲まなきゃやってられないだろ」


 入口の近くに酒を隠して、ホロガンの待つホールへ食事を運ぶ。

 散々トラブルを起こした暴れん坊はうたた寝をしていたらしく、長椅子に横たわったままで、起こすかどうか悩んでしまう。


 声をかけねば、起こさなかったと怒るだろう。

 冷めきった食事でも腹を立てるに違いなく、二人はホロガンを起こし、準備を進めていった。


 目を覚ましたホロガンは黙って食事をとっていたが、食べている間にはっきりと覚醒したらしく、また無茶を言い始めていた。


「女がいねえな」


 その辺から攫って連れてこい。

 あまりに滅茶苦茶な命令で、ため息しか出て来ない。


「そいつは無理です、ホロガンさん」

「来た時に見たでしょう。この街じゃ、その辺を歩いている女なんかいないんですよ」

「じゃあ、娼館から寄越してもらえ」

「それも無理です」

「なんだと?」


 じろりと睨まれ、ダルツはびくりと体を震わせている。

 ノッグへすがるような目を向けて来るが、ここで折れるわけにはいかない。


「駄目ですって、ホロガンさん。遊びに来たんじゃないですから」

 

 既に王都で三日も遊んで、時間を無駄にしている。

 神殿でも注意を聞かず、意味もなく暴力を振るって揉め事を起こし、バジムの話を聞くことが出来なかった。

 ホロガンに怯えていちいち言うことを聞いていては、いつまで経っても解決できない。


 ノッグは腹を決めて、雲の神殿への立ち入りが禁じられ、調査団の面々に警告を受けたことも話していった。


「調査団ってのは王都から派遣された兵士や騎士で構成されてるんですよ。きっちり訓練を受けた連中が大勢出てきたら、いくらホロガンさんでも敵いません。マリーデンに追い返されちゃ、評判に関わるってもんですよ」


 実際には評価どころか、誰も期待などしていないのだが。

 本人ははっと気づいたような顔をして、それはまずいなと呟いてみせた。


「遊ぶのはちゃんと始末をつけてからです」

「仕方がねえな。わかったよ」


 食事の後片付けを進めながら、今日はもう休みましょうと声をかけていく。

 明日の予定はざっくりとでも決めておくべきで、朝になったら調査団へ出向き、雲の神殿で話を聞こうと提案していった。


 もちろん、ホロガンの同席は駄目だという話で、揉めに揉めた。

 拒否された悔しさだけでぎゃあぎゃあと騒ぎ、またも机が叩き割られて、ノッグはもう帰りたくてたまらない。

 ダルツも同じ気分なのだろう。すっかり冷め切った瞳で割れたテーブルを眺めるだけで、なにも言わない。


 しばらくすると、八つ当たりの嵐は終わった。

 テーブルも椅子も高価なもので、わざわざ遠くから運ばせたのに。 

 自慢げに話すバジムの顔を思い出しながら、あんたのせいだぞと唾を吐いてやる。

 

 この迷宮都市店を再生させ、絶対に大儲けしてやる。

 再び営業を再開させられた時は、ダルツと共同で構わないから、支配人にしてもらわなければ割に合わない。


 ホロガンが大きないびきをかいて眠り始めてから、ノッグは酒をちびちびと飲みながら、持ってきた手帳に今日起きた出来事の記録をつけていった。

 昨日までは「まだ来ない」としか書かれていなかった手帳に、いくつもの悪行を記しておく。

 やるべきことをすべて終えたらマリーデンへ戻り、ルーバ・ウベーザへ報告してやるつもりで。


「なにを書いてるんだ、ノッグ」


 酒の匂いをぷんぷんさせながら、ダルツが手帳を覗き込んでくる。

 たった一日で溜まったホロガンのやらかしが並ぶ様に笑いを漏らし、ノッグの肩をバンバンと叩いた。


「なんであいつだけあんな風なんだろうな」


 まったくだ、とノッグは思う。

 劇場を興したルーバはかなりのやり手で、一族は皆優秀な者揃い。

 バジムは計算も交渉も得意で若いうちから成果をあげ、認められていたから迷宮都市店を任された。

 ホロガンには兄弟がいるが、誰も問題は起こさない。皆きっちり仕事をこなせると聞いている。


「小さい頃から問題児だったって聞いたが、それにしたって酷すぎないか」

「まったくだよ、神官長を殴るなんて」


 やって来た調査団員はことを荒立てるつもりはないと伝えてくれたが、あの現場を見ていた神官たちはどうだろう。

 考えただけで気分が滅入るが、無視はできない。ラジュは唯一無事を確認できた元従業員であり、絶対に話を聞く必要がある。


「バジムの旦那、本当に迷宮なんかに行っちまったのかな」

 ダルツが呟き、ノッグも考えを巡らせていく。


 新しい劇場を建てる場所にラディケンヴィルスを選んだのは、人が多く、金周りが良いところだから。

 探索者は持ち帰った物で金を稼ぎ、商売人は珍品を仕入れて儲ける。

 ウベーザ劇場は彼らをもてなし、愛らしい少女を用意して、気持ち多めに代金を頂戴する。


 この計画を立てたのはバジム・ウベーザであり、迷宮そのものには興味がなかったはずだ。

 確かに迷宮はラディケンヴィルスならではの唯一のものだが、商売には関係ないと断言しており、自ら足を踏み入れるとは思えなかった。


「ラジュはなんで神殿なんかにいたんだろうな」


 ダルツは肩をすくめて、さあなあと呟くだけだ。

 事情を聞かねば理解できるはずがなく、二人でどうこう言っていても仕方がない。 


「なあ、どっちが雲の神殿に行く?」

「なんだよ、どっちがって」

「一人はホロガンさんを見張ってなきゃならないだろう」


 単独で神官たちと向かい合うのはそれなりに緊張しそうなものだが、ホロガンと二人きりでいるよりはずっと良い。

 ノッグもダルツも留守番は嫌で、話し合いはしばらくの間続いた。

 

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