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ボスを倒したのに攻略失敗? ~元現場監督、補助職だけの会社でダンジョンの難関依頼を片付けます~  作者: 他力本願寺


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第49話 四秒後に、全員で

二十時五十九分。


 潮見環坑の南区画で、千紗はフードの外から小さく息を整えた。


「《浄気》」


 一立方メートルに満たない内側の空気から、漂っていた粒子が消えていく。透明になった空間の向こうへ、計器の針が現れた。部屋全体の粉塵は残っている。三人とも呼吸保護具を着けたままだ。


「盤面、読めます。再流入が速ければ中止します」


 慧は頷き、予告線へ近づく針を見た。


 三つの光の目印は、背後の分岐に残っている。辿った管は、いま握っている弁へ繋がっていた。


◇


 東区画では、冬佳がレバーから一度手を離した。


 本締めした固定具の印。工具の置き場。作動位置の掛け金。いずれも準備した通りだ。


 深雪が、時計から圧力計へ視線を移した。


「次の波です」


 二人の間に、返事は要らなかった。予告線を針が通り過ぎる。


 深雪が計時を始めた。目標は六秒。四秒を過ぎて低圧になってから、レバーを動かす。


 遠くの班が準備できているかは分からない。だからこそ、こちらの異常を見落とさず、無理に合わせない。出発前に決めた条件を、冬佳はもう一度見た。


◇


 北区画。


 朔は狭い足場で身体を確保し、規定のハンマーを構えた。計器は配管に隠れて見えない。


 澪は四メートルほど離れた位置に立っていた。朔を視認でき、圧力計も読める。針の振れ幅に異常はない。打撃先と、その後のレバーの動線にも何も入っていなかった。


 二十時五十九分十秒頃。


 各地点で、針が予告線へ届く。


 北の澪は、その瞬間を自分のT0として取った。


 逃げようと言えば、朔はハンマーを下ろす。成功してほしいからこそ、止める条件を探した。見落とした異常がないことを確かめてから、発動する。


「今!」


 短い開始合図と、《遅延強化》の発動を重ねた。


 朔はその声から数え始めた。計器のT0ではなく、澪が実際に魔法を放った時刻が起点だった。


 一秒。二秒。


 最初の水門では、自分が彼女へ合図を出した。いまは彼女の目を借り、自分が動く。


 三秒。


 澪の前で、針が低圧域の手前へ下りていく。


 四秒を過ぎる。強化が始まった。針も、既に低圧域の中にある。


 朔は予行で合わせた幅の中、合図から四・三~四・六秒の間に、ピンへハンマーを打ち当てた。


 ガンッ。


 狭い通路へ、短い金属音が返る。


 二五%を上乗せした一撃が固着を外し、錠ピンが抜けた。低圧は、既に始まっている。


 朔は工具を脱落止めの受けへ戻し、そのままレバーを押した。止まらない。抜いたピンを見直すこともしない。


 作動位置の掛け金まで、ひと続きに。


 ガコン、と手元へ振動が返った。


「北、保持!」


 澪の記録では、予告線から六秒ほど。掛け金が入ったことを、二人で確かめた。


◇


 東の低圧域で、冬佳がレバーを引いた。


 八秒だけ部品を支えた魔法は、もう使っていない。レバーの力を受け止めるのは、締め終えたボルトと支持材だった。


 深雪が作動位置の印を確認する。


「東、完了」


 二人のT0から六秒頃だった。


 南では、慧が正しい弁を操作した。


 朱里は手元の時刻と開度表示を読み、千紗はフードの中の針を追う。薄い霞が戻り始めていたが、目盛りはまだ読めた。


「作動位置、合っています」


 ハンドルを規定の位置まで動かし、慧が手を止める。


 南の記録は、T0から六・二秒。千紗の清浄化から約十六秒で、操作と確認が終わった。


◇


 三区画の入力を待っていた機械が、奥で鳴った。


 一つの音ではない。受け継ぐように掛け金が外れ、重りの制動機構が動き出す。


 三操作の完了は、同じ低圧期の許容三秒以内に揃っていた。誰も隣の班へ合図を送らず、それぞれが目の前の条件を満たした結果だった。


 主封鎖ゲートが動き、逃がし経路を通して圧力を移しながら閉じていく。


 それまで床へ伝わっていた脈動が、弱まった。


 配管の軋む音が、一つずつ消える。


 朔はレバーから離れても、まだマスクを外さなかった。


「作動表示は?」


「主封鎖、成立。北の保持も正常です」


 澪が計器と表示を順に読み上げる。その声が最後まで震えなかったことに、朔は今になって気づいた。


「……了解」


 工具を数え、足元を確かめる。帰るために必要な仕事が、まだ残っていた。


 朔が立ち上がろうとすると、澪が手を上げた。


「そこ、ピンの回収具が出ています。先に片付けます」


 彼は止まった。澪が回収具を安全位置へ戻してから、差し出された手を借りて狭所を出る。


 最初の現場で、彼女へ仕事を頼んだのは自分だった。今日は、彼女が先に手を差し出している。


「よく見ていたな」


「記録に、帰還まで入っていますから」


 澪はそう答え、まだ繋がらない通信機を見た。


 成功の音は聞こえた。他の班の無事は、会って確かめなければ分からない。


 朔は頷いて、工具箱を持った。


「全員の点呼を取ろう」

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