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ボスを倒したのに攻略失敗? ~元現場監督、補助職だけの会社でダンジョンの難関依頼を片付けます~  作者: 他力本願寺


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第48話 計画にない判断

D125、二十時三十分。南区画の作業台で、慧は図面の弁番号に線を引いた。


「番号だけで選ぶのを中止します。今ある対応表では、操作してよい弁を決められません」


 連絡機はノイズしか返さない。何度呼びかけても、朔の返事は来なかった。


 朱里が紙の控えを開き、作業室の壁にある古い改修票と並べた。


「新旧の番号が混じっています。付け替えた管が、図面の追記から抜けているみたいです」


「配管を追い直しましょう。どこが正しいか確証を持てなければ、操作は中止です」


 千紗が言った。環境測定器は閉じない。粉塵と空気質は、照合の間も見続ける必要がある。


 慧は朔から受け取った作業票を見た。図面と違う場合、現認できる範囲で照合してよい。見えない先を推測して弁を選ぶことは認められていない。


「露出している管の位置から確認します。内部の水の流れや、壁の向こうは、俺の能力では分かりません」


「刻印と、見える継ぎ目は私が見ます」


 朱里が照明を持った。


 二人は操作台の手前から、短い区間ずつ進んだ。


 慧がレンチで手すりを叩く。同じ機械室の二十メートル以内に、硬い管の外形が返る。重なって見える管が、どちらを通っているかは分かった。壁へ消える先まで読めたわけではない。


「左へ曲がる管の外面が、上の継手まで続いています。朱里さん、接続を見てもらえますか」


 朱里は足場から照明を上げた。刻印の新しさではなく、番号と接続先を読む。


「継手番号、改修票の追記と一致。図面の旧番号とは違います。そこに印を置きます」


 一つ目の路標が、近くから見える管の脇へ灯った。


 次の分岐も同じ手順だった。音で外形を整理し、現物の継ぎ目を目で確認し、改修票と設備規格表を照合する。三つの分岐に三つの標を置いた後は、増やさず、その三地点を往復して経路を確認した。


 行き止まりの枝管へ一度入りかけ、朱里が手を上げる。


「こちらは閉止表示です。戻りましょう」


 慧は頷いた。急いでいても、間違いを一つ消す時間は省けない。


 二十時四十九分。


 正しい操作弁まで、三つの継ぎ目が途切れずに繋がった。手動封鎖系統の刻印、弁の開閉方向、既設の作動位置表示も一致する。


「この弁です。番号だけではなく、接続先まで確認しました」


 慧が言い、朱里が別の順で照合を読み返した。千紗も記録を見て、確認欄へ印を付ける。


 それで初めて、操作する弁を選べた。


 ただし、読むべき計器は新しく見つけた物ではない。二日前と今朝、位相を確認した同じ共通基準管のゲージだった。外側の診断用表示では針の動きは確認できるが、レバーを操作する位置から使う盤面は、観察フード内の霞で見えにくくなっていた。


「校正した計器を別の物へ取り替えることはできません。ここを見えるようにします」


 千紗がフードを照らした。


 外面の汚れは拭けた。内側にあるのは、浮遊している微粒子だ。盤面に付着した泥を魔法で落とす必要はない。


「中を開けて拭けませんか」


「開放すると、今の粉塵が機構の奥へ入ります。清掃口を付ける改修まで始める時間もありません」


 千紗は一立方メートル未満の容積を確認し、持参した測定記録を開いた。


 この観察部は、午前の診断後に公社の担当者が通常清掃し、閉じてから盤面が読みにくくなるまでの時間を測っていた。約二十秒。千紗は現在の外気濃度と隙間の状態が、その記録より悪くなっていないことを照合した。


「一度きれいにしても、再流入は止められません。読める間に操作を終えます」


 常に浄化を続ける前提ではない。第三換気区で行ったように継ぎ目を塞ぎ切るには、操作部を外す必要があり、今はできなかった。


 正しい弁の手前で、三人は手を動かす順番を確かめた。実際に開くのは、予定の低圧期だけ。朱里が時刻を取り、慧が工具の持ち替えとハンドルの回転量を確認する。


 千紗は空気質と退避経路を再測定した。


「外の粉塵濃度は、午前の記録と同等以下。フードの隙間にも変化はありません。操作直前まで見ます。どちらかが悪化したら、この回は中止です」


 すべての確認欄が埋まったのは、二十時五十八分五十秒だった。


 直前の予告線は、既に過ぎている。次は予定していた二十時五十九分十秒頃。その次は二十一時を越える。


「準備完了。今から動けるのは、予定の一回です」


 慧が言った。朱里が同期してきた時計を出す。


「清浄化の目安まで、あと十秒。実際のT0は、見えた針で取ります」


 時計は周期を取り違えずに準備するための物だ。人間が押す最後の瞬間を決めるのは、現地の圧力だった。


 千紗は記録に余裕を見込み、T0の約十秒前に一度だけ浄気すると決めた。準備用時計の最大一秒のずれを見込んでも、二十秒の視認時間の中へ操作を収める。予定より早く読めなくなったら中止する。


 朱里が、三つの路標と操作弁を最後に見比べた。


「確認済みです」


 慧は、もう通信機を見なかった。誰かの答えを待つ代わりに、自分で確かめた弁へ手を掛けた。

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