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ボスを倒したのに攻略失敗? ~元現場監督、補助職だけの会社でダンジョンの難関依頼を片付けます~  作者: 他力本願寺


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第26話 戦闘は彼らの仕事

第三換気区の閉鎖解除から三日後の、D70。


 探索ギルド霞浜支部の特別会議室は、ピリピリとした静かな緊張感に包まれていた。


 長机を挟んで、梶谷朔と霧島冬佳が座っている。そして向かいの席には、銀色混じりの短い黒髪を几帳面に整え、洗練された軽鎧を身に纏った男――国内上位に君臨するSランククラン『白稜』の現場指揮者、高峰峻が腕を組んで座っていた。


「……わざわざご足労いただき感謝する。梶谷、そして合同会社継路の皆様」


 高峰が低く落ち着いた声で口火を切った。


「本題に入ろう。今回ギルドから打診された共同契約、『北支柱迷宮』の攻略についてだ。この迷宮の最奥には強力なボス魔物が陣取っており、討伐は急務となっている。だが、迷宮の構造自体が極めて脆く、戦闘の余波で天井を支える支柱が崩落する危険性が高いとギルドから警告が出ている」


 高峰はテーブルの上に、北支柱迷宮の詳細な図面を広げた。


「合格条件は『ボス魔物の討伐』と『指定退路の確実な安全確保』。この二つを同時に満たして初めて検収となる。……我々白稜が強敵の討伐を担当し、そちらの会社に後方の通路保持と退避誘導を担ってもらいたい。異論はあるか?」


「異論はない。戦闘はあんたたちの仕事だ。俺たちは現場の設備を維持する」


 朔が淡々と応じると、高峰は深く頷いた。


 彼は白稜という戦闘クランの誇りを背負っているが、決して他者を見下すような男ではない。水門迷宮の件で、朔たち補助職の専門技能がいかに現場を救うかを、彼は正しく評価していた。


「頼もしい言葉だ。では、具体的な作戦の進行についてだが」


 高峰の指が、図面上のボス部屋の手前を強く叩いた。


「我々白稜の主力部隊が、一気にこの前線を押し上げ、短期決戦でボスを叩き伏せる。戦闘が長引けばそれだけ崩落のリスクが高まるからだ。継路のチームは、我々が前線を制圧した後に続いて入り、後方の支柱の補強に当たってほしい」


「待て」


 朔が、高峰の指の上に自らのペンを重ねて制止した。


「順序が逆だ。あんたたちが前線で暴れ回る前に、俺たちが先に入って退路と支柱の安全基準を確定させる。補強が先だ」


「それでは討伐のタイミングが遅れる。魔物は待ってはくれないぞ」


 高峰の眉間に皺が寄る。


「速やかに最大の脅威であるボスを排除すれば、結果的に崩落のリスクも最小限に抑えられる。戦闘の最前線に非戦闘員を長居させるわけにはいかない」


「戦闘職らしい合理的な判断だが、俺の現場では却下だ」


 朔は少しも引かずに、高峰の目を見返した。


「いいか。Sランクのあんたたちが全力を出せば、その余波だけでダンジョンの脆弱な設備は悲鳴を上げる。万が一、討伐中に退路が崩れれば、いくらボスを倒しても全員が瓦礫の下で生き埋めになるんだぞ。脅威を排除すれば安全になるんじゃない。安全な退路が確保されて初めて、お前たちは全力で戦えるんだ」


 会議室の空気が、ピンと張り詰める。


 隣で聞いていた冬佳が、少しだけハラハラしたように朔を見た。相手は腐ってもSランククランの指揮官だ。機嫌を損ねれば、この大型共同契約自体が白紙になりかねない。


 だが、高峰は怒鳴ることも、不当なプライドを振りかざして朔をねじ伏せることもしなかった。


 彼はかつて、朔が白稜で現場監督をしていた時の同僚だ。朔の計画と安全に対する異常なまでの執着と、その正確さを誰よりも知っている。


「……なるほど。一理ある」


 高峰は腕を組み直し、静かに息を吐いた。


「だが、戦闘中の流動的な状況下で、一々設備の補強を待っていては部隊の命に関わる。どこで折り合いをつける?」


「文書化だ」


 朔は手元に用意していた契約書の草案を、高峰の前に滑らせた。


「俺たちが同じ場所で別々の指示を出しては困る。二社の責任と権限を明確に分ける。……戦闘における前線の指揮権と、魔物に対する行動の決定権はお前に全て預ける。俺は口を出さない」


 朔はペン先で、契約書の一文を強く叩いた。


「だが、現場の設備の保全判断と、退路が危険水域を超えたとみなした際の『全作業の停止権』および『退避命令権』は俺が持つ。俺が『引け』と言ったら、ボスの首が半分落ちていようと、お前たちは必ず退避しろ。これを約束できるか」


 高峰は退避を援護する部隊の位置を書き足した。安全担当の停止が出た時、誰が最後尾を引き受けるかまで、その場で決める。


 高峰は契約書の文面にじっと目を通し、やがてフッと口元を緩めた。


「……相変わらず、可愛げのない男だ。だが、お前がそこまで言うのなら、背中と退路を預ける価値はあるのだろう」


 高峰は懐から万年筆を取り出し、一切の躊躇なく契約書にサインを書き込んだ。


「合意しよう。戦闘は我々が引き受ける。後方の命綱は、継路に任せる」


「ああ。合同戦果の検収欄は、キッチリ別々に分けてもらうぞ」


 二人の間に、確かな職能の相互承認が成立した。


 契約締結の翌日、D71。


 本格的な討伐作戦の前に、北支柱迷宮の実地偵察が行われた。


 内部は、その名の通り巨大な石造りの支柱が数十メートル間隔で立ち並び、何万トンという岩盤の天井を支えている荘厳な空間だった。


 白稜の斥候部隊が魔物の配置を探る一方で、朔と冬佳は、戦闘区域となる予定の広間周辺の支柱を一本一本念入りにチェックしていた。


「……ここの柱、表面がかなり風化していますね」


 冬佳が防護服姿で支柱の根元にしゃがみ込み、ハンマーで軽く打音検査を行う。


「コンクリートのように見えますが、内部は多孔質の岩です。欠けた面から水が染み込み、劣化が進んでいる。上層からの荷重が、この数本の主柱に極端に偏っています」


「補強は可能か?」


「戦闘前に、認められた支持点へ仮設架台と鋼材を組めば、退路側の荷重を分担できます。ワイヤーだけで天井を支える案にはできません。ただ、私の《仮固定》は三十キロ以下の部品しか支えられませんから、この柱そのものが折れそうになった時に魔法で支えるなんてことは絶対に不可能です」


「分かっている。魔法に過度な期待はしない」


 朔は冬佳の実測データをタブレットに入力し、荷重の分散モデルを計算していく。


 白稜の持つ最大火力の数値をシミュレーションに当てはめ、どの位置で戦えば支柱への被害を最小にできるか、安全な退避路はどこかを割り出していく。


「よし。この配置なら、白稜の主力部隊が中央で暴れても、なんとか退路側の天井は維持できる。……ん?」


 順調に計算を進めていた朔の指が、ピタリと止まった。


 少し離れた場所で、最も太い主柱の一つを調べていた冬佳が、弾かれたように立ち上がり、高輝度ライトで柱の裏側を強烈に照らし出していたのだ。


「梶谷さん! こっちへ来てください!」


 冬佳のただならぬ声色に、朔は急いで駆け寄った。


「どうした」


「これを見てください」


 冬佳がライトで照らし出したのは、主柱の根元から中腹にかけて斜めに走る、黒々とした深く鋭い『亀裂』だった。


「……既存の亀裂か」


「はい。表面の風化ではなく、構造の奥深くまで達している致命的なクラックです。……最悪ですよ。この柱、すでに自分の荷重すらギリギリで支えている状態です」


 冬佳は顔面を蒼白にしながら、手元の図面と照らし合わせた。


「梶谷さん。ここ、明日の作戦で白稜がボスを追い込む予定の『戦闘区域』のすぐ隣です。しかも、私たちが退路として指定した避難路の真横に位置しています」


 朔はタブレットの荷重計算モデルに、その亀裂の観測値を入力し、仮定していた柱の健全性を取り消した。


 シミュレーションの画面が、真っ赤な警告色に染まった。


「……ダメだ」


 朔は低く唸った。


「この亀裂がある状態で、近くで高峰たちがSランクの全力戦闘を行えば……直撃しなくても、魔法の衝撃波と地鳴りの余波だけで、この主柱は完全に破断する。そうなれば、天井が連鎖的に崩壊し、安全なはずの避難路ごと、全てが瓦礫の下に沈む」


 それは、最悪の事実だった。


 白稜が敵を倒すための圧倒的な火力が、彼ら自身と朔たちの命を奪う最大のトリガーになる。


 戦闘力が高ければ高いほど、ダンジョンという環境そのものが彼らの敵に回るのだ。


「……すぐに高峰を呼べ」


 朔は亀裂を見据えながら、冷や汗を拭った。


「明日の作戦計画は、根本から練り直しだ」

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