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ボスを倒したのに攻略失敗? ~元現場監督、補助職だけの会社でダンジョンの難関依頼を片付けます~  作者: 他力本願寺


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第24話 一立方メートルだけの安全

中央計器盤が粉塵で覆われているのを発見してから二日後の、D62。


 朔、冬佳、千紗、そして今回は記録担当の澪を加えた四人は、再び厳重な呼吸保護具と防護服に身を包み、第三換気区の管理ブースに立っていた。


「……よし。これで隙間はありません」


 冬佳が気密テープを切り、朔に向かって頷いた。


 彼女たちの目の前にある巨大な中央計器盤。その前面は今、冬佳が持参したアクリル板と骨組みで作られた『一時的な透明保護フード』によって、すっぽりと覆われていた。


 容積にして、およそ一立方メートルの小さな密閉空間。


 これにより、管理ブース内に漂う有害粉塵が、これ以上計器の内部機構に吹き込むリスクは物理的に遮断された。


「物理的な隔離は完了した。だが、問題は中身だ」


 朔がフード越しにライトを当てるが、アクリル板の内側に閉じ込められた空気が粉塵を含んでいるため、奥にある圧力計の針は全く見えなかった。不用意にフードを開ければ、空気の流れで粉塵が精密な機構の奥へ入り、動きを妨げるおそれがある。


「塚原さん。君の出番だ」


「はい」


 千紗は静かに頷き、フードの下部に設けられた、ゴムパッキン付きの小さな作業用ポートから両手を差し入れた。


 彼女の能力《浄気》の限界は、およそ一立方メートルの空気中から粒子を取り除くこと。大部屋全体を綺麗にすることはできないが、この小さな密閉空間であれば、彼女の魔法の『規格内』に完璧に収まる。


「《浄気》」


 千紗が短く唱え、意識を集中させる。


 彼女の指先から淡い光が放たれ、アクリルフードの中を満たしていた灰色の靄が、見えないフィルターに吸着されるようにスーッと消散していった。


 数秒後。


「……見えました! 計器の窓、完全にクリアです!」


 冬佳が弾んだ声を上げた。


 さきほどまで浮遊粒子の霞に隠れていた計器盤の目盛りが、ガラス越しに鮮明に読み取れるようになっている。


「見事だ。魔法はこういう風に使うものだ」


 朔が感心したように言うと、千紗は防護マスクの奥で少しだけ照れくさそうに目を細めた。


「私の能力は空気を生み出せませんし、広い場所では役に立ちません。でも……この限られた一立方メートルの中だけなら、確実に安全な視界を作れます」


 自分では戦闘クランの役には立たないと思っていた、地味で限定的な魔法。それが今、この巨大な地下インフラの急所を見事にこじ開けたのだ。彼女の背筋が、環境安全監督としての確かな誇りでピンと伸びていた。


「澪、記録の準備を」


「はい! いつでもいけます!」


 澪がタブレットを構え、電子ペンを走らせる準備を整える。


 冬佳がフード越しに、いくつも並んだ圧力計の針を次々と読み上げ始めた。


「停止状態での基準との差、第一ラインは規定内。第二ラインだけ残圧が高い。第三、第四ラインは規定内……」


 冬佳の声に合わせて、澪が画面を素早くタップしていく。


「現在時刻、〇九時一五分。読み上げられた各ラインの圧力値を、公社から受領した正常時の規定値と照合します」


 澪の指先がデータを処理し、すぐに結果が弾き出された。


「……出ました! 規定値とズレているのは、第二吸気ラインのみです! ここだけ圧力が不自然に高く残っています!」


「第二ラインか。なるほど、全体の吸気が回らなかった原因はそこだ」


 冬佳が計器の数値から、配管の物理的な状態を推理する。


「先日、私たちが点検室のフィルター周りの詰まりを取り除きましたが、あの逆流した粉塵の塊が、第二ラインの奥の逆止弁のあたりにも引っかかって気流を塞いでいるはずです。だから圧力計の針が下がらない」


「直せるか、霧島さん」


「もちろんです。場所が特定できれば、あとは系統を隔離して残圧を抜き、点検口から詰まりを取り出します。操作だけで直った扱いにはできません」


 冬佳は工具箱から大型のレンチを取り出し、迷うことなく管理ブースの奥にある第二ラインの配管へと向かった。


 規定の隔離を行い、残圧がないことを確認してから、冬佳が点検口を開いた。取り出した粉塵を密閉し、口を閉じて気密を確認する。作業後、四人は測定位置へ戻った。


「詰まりの除去、完了しました! 逆止弁の固着も直しました!」


 冬佳が戻ってくると同時に、再流入を遮断してあるフードの中の計器盤で、第二ラインの圧力計の針がスッと正常値まで下がった。


「異常圧力の解消を確認した。澪、時刻と数値をログに残せ」


「はい、記録完了です!」


 朔は大きく息を吸い込み、メインブレーカーの再起動レバーに手を掛けた。


「換気機、段階起動(ステップ・スタート)」


 レバーが押し上げられ、地下空間に重厚なモーター音が再び響き渡る。


 今度は空回りではなかった。巨大な換気機が第三換気区全体の空気を力強く吸い込み始め、管理ブースを満たしていた粉塵が目に見えて薄らいでいく。


 千紗のフード越しの計器盤で、全ての針が一斉にグリーンゾーンへと跳ね上がり、ピタリと安定した。


「……各ラインの吸気圧、全て正常値で安定しています。換気機、完全復旧しました!」


 冬佳の報告に、朔も安堵の息を吐いた。


「よくやった。これであとは、換気が行き届いて空気質が安全基準に達するのを待つだけだ」


 千紗が手元の環境測定器を見る。数値は急速に改善傾向を示しており、彼女の顔にも達成感の笑みが浮かんでいた。


 だが、その達成感は長くは続かなかった。


 ピピピッ、ピピピッ!


 千紗の腰に下げていた環境測定器が、突如として鋭い警告音を鳴らし始めたのだ。


「塚原さん、どうした?」


 朔が顔を向けると、千紗は血相を変えて測定器のモニターを睨みつけていた。


「梶谷代表! 管理ブース前方の通路……私たちが次に進む予定だったエリアの粉塵濃度が、急激に上昇しています!」


「なんだと? 換気機は正常に回っているはずだぞ」


「換気機が回ったせいです!」


 千紗は焦燥に駆られた声で叫んだ。


「長期間換気が止まっていたせいで、奥の未踏区画には大量の有害粉塵が分厚く沈殿していました。それが今、換気機が強力な気流を生み出したことで一気に舞い上がり、風に乗ってこちらの通路へ押し寄せてきているんです!」


 千紗の言葉を証明するように、前方にある通路の奥から、まるで土石流のような濃密な灰色の靄が、ものすごい勢いでこちらに向かって流れてくるのが見えた。


 換気が機能し、空気が動き出したからこそ発生した二次災害。


「この濃度の粉塵に巻き込まれれば、いくら高性能なフィルターをつけていても数分で目詰まりを起こして呼吸困難に陥ります!」


 千紗は停止の手を上げ、管理ブースの退出側へ体を向けた。


「次の区画へは入らない。塚原さんの停止指示に従う」


 朔は即座に状況を悟り、タブレットの画面を切り替えた。


 解決したはずの換気問題が、皮肉にも次の致命的なボトルネックを生み出してしまったのだ。

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