第16話 大荷物は運べません
D39。南斜坑輸送路の準備室へ届いた貨物表を見て、冬佳が電卓を置いた。
「一箱五百キロ。手で押す計画にはできませんね」
朔も頷いた。今ある台車では積載量が足りない。台車を借りても、濡れた勾配で人が押し続ける方法は採れない。
依頼は、北浜資源工業の採掘区画に溜まった魔鉱石を運び出すことだった。上部の荷捌場から斜坑を下り、終端の集積所で大型コンテナへ積み替える。そこから先は、別の地上搬出設備が引き受ける。継路の担当は、その途中で止まっている区間だ。
魔物を排除した先行隊も、荷が動かないため区画を引き渡せずにいた。
「使うのは、巻上機と制動器。それに耐荷重の足りる台車だ」
朔が調達票へ書き込んでいると、準備室の扉が開いた。
「南野深雪です。試験契約の件で伺いました」
黒髪を高く結んだ女性は、挨拶の後、まず床の勾配図を手に取った。話す声は穏やかだが、目は台車の停止位置を順に追っている。
「発進で困っていると聞きました。どこで止まるんでしょう」
「積替え口だ。狭くて、巻上機の引き出し方向を取り直さなければならない。ここだけ車輪が横を向いたまま、湿った床に引っかかる」
朔は写真を見せた。重い荷を載せた台車の車輪が、狭い受け台の上で向きを変えられずにいた。力任せに引けば、荷が傾く。
「床を直すか、受け台を広げるのが本来の対策ですね」
「ああ。恒久改修は所有者へ提案する。ただ、今回の搬出は既存の幅でできる方法を探している」
深雪は写真に定規を当てた。
「私の《摩擦調整》が使えるかもしれません。現認して触れた床、一平方メートルだけ。三秒間、摩擦を変えられます」
「台車そのものを軽くするわけではないな」
「はい。五百キロは五百キロです。発進を助けても、動き出した荷を止める仕組みは別に要ります」
冬佳が図面へ顔を寄せた。
「車輪が転がっている間の抵抗と、向きを変えられず床を擦る抵抗は違いますね。補助が必要なのは後者だけ」
「ええ。何もない平らな床なら、魔法より普通に転がした方が早いです」
深雪は小さく笑った。
「この一平方メートルを抜けたら、私はただの荷役担当になります。そこからは道具の仕事です」
午後、立入を制限した試験区画に、産業用台車が置かれた。
冬佳が車軸と固定具を確認し、試験用の荷を段階的に載せていく。最後に五百キロの状態まで上げた。
本番と同じ狭い受け台の上で、前側の車輪が横を向いている。巻上機のワイヤーは、先に台車へつないだ。補助の制動索も張る。人が前へ立つ余地はない。
「まず、魔法なしで」
深雪が引き出しを指示した。巻上機がゆっくり動くと、車輪が床を擦り、台車が斜めに寄り始める。
「停止。これ以上引きません」
荷の傾きが規定に達する前に、深雪が止めた。
朔は荷重計と台車の移動量を記録する。押す人間を増やせばよい問題ではないことは、目の前の傾きで分かった。
「次は床を調整します。三秒の間に、向きの引っかかりだけを抜きます」
深雪は台車を輪止めで止めた状態で床に触れ、作用させる範囲を確かめた。手を引き、安全位置へ移ってから合図する。
「《摩擦調整》。引き出してください」
冬佳が巻上機を低速で動かした。
横向きの車輪が短い距離だけ滑り、向きを揃える。台車が傾く前に、受け台から出た。深雪が数を数え終える頃には、すべての車輪が通常の床を転がっていた。
「制動索、張りあり。停止します」
台車は予定の位置で止まった。誰も手で受け止めなかった。
冬佳が輪止めを入れ、朔は記録した荷重を比べた。
「引き出し時の片寄りが減っている。これなら、現行の固定点に無理をさせずに済む」
「魔法が間に合わなかったら、引き始める前に中止してください。持ち直そうとして引き続けるのが、一番困ります」
深雪が言うと、冬佳は試験表にその条件を加えた。
「三秒を伸ばすより、止める場所を決める方が大事ですね」
試験を終えた朔は、採用する方法と、採れなかった通常案を報告書にまとめた。改修まで待つ案も残しておく。深雪の能力を使わなければ、二度と運べない荷にするつもりはなかった。
「今回の初動補助は、君に頼みたい。試験結果をつけて作業範囲を確定する」
「承知しました。では、次は停止位置を見せてください」
深雪は礼を言うより先に、斜坑の図面を引き寄せた。
写真では明るく見えた通路が、図面上では長い下り坂になっている。彼女は終端の手前へ鉛筆で横線を引いた。
「ここへ着く時、台車は何で止まりますか」
「巻上機の制動だ。予備の索も使う」
「停止試験の記録は?」
朔は別紙を開き、そこで手を止めた。古い機種の空荷記録だけだった。今回借りる台車と、濡れた路面での値は、まだない。
深雪は責めず、鉛筆を置いた。
「発進はできました。でも、それで搬送可能とは言えません。下りで荷が走れば、私の三秒では追いつけない」
試験区画では静かに止まった台車が、急に別の物に見えた。
朔は発進試験の合格欄の隣へ、赤で「制動未確認」と書いた。
「次は止める試験だ。そこを通るまで、本番の荷は入れない」




