施術
テーブルには様々な玉ねぎ料理が並んでいる。所々焦げた玉ねぎがあるのは張り切った誰かさんの仕業かもしれない。
かくして、俺、茜、母さん、父さん、そして黒い翼を窮屈そうに畳んだカラス天狗という、異質な食卓が完成した。
「ほら、遠慮しないでどんどん食べてね。新玉ねぎと豚肉のオイスター炒めよ」
母さんが大皿を烏丸の前に置く。
烏丸は少し戸惑いながらも、一口その炒め物を口に運んだ。
その瞬間、烏丸の長い鼻がピクンと跳ねた。
「な……なんという美味だ……!それに、この肉の濃厚な旨味……!」
烏丸の目がカッと見開かれる。
「我らは普段、精進料理を好むのだが……人間の『料理』とは、これほどまでに美味なるものなのか!」
「ふふんっ、そうであろう!母殿のご飯は最高なのだ!」
なぜか茜が自分のことのように胸を張り、玉ねぎの味噌汁をズズッとすする。
「お客さん名前を聞いても?それと、ビールもいける口かい?」
「烏丸あずきだ。びーる……? ほう、これは麦の酒か。頂こう!」
「あずきくんか〜どんどん飲んでくれ!」
父さんに勧められるがまま、烏丸はビールを煽り、完全に桜咲家のペースに巻き込まれていた。妖怪と人間の隔たりなど、食事とアルコールの前にあっけなく崩れ去っていた。
一時間後。
すっかり満腹になり、顔を赤くした烏丸は満足そうに鼻を鳴らす。
「蒼也殿!そしてご両親殿!本日は素晴らしい治療と、極上の晩餐、誠に感謝する!」
烏丸は深々と頭を下げた。
「見送ってくるよ」
玄関を烏丸、茜と一緒に出る。
「烏丸さん、テーピングは三日くらいで外してね。無理はしないように」
「承知した!この礼と、約束の『金』は、次回の治療時に必ず持参する。土地神様、村の皆には伝えときますが、なるべく早いお戻りをお願いいたします」
「わかっておる。族長や心配してるものくれぐれもよろしく頼むぞ」
そう言うと、烏丸は大きく膝を曲げ、力強く地面を蹴った。
さっきまでとは比べ物にならない、風圧が巻き起こり、俺は思わず腕で顔を覆った。
目を開けた時には、烏丸の姿はすでに遥か上空、雲を突き抜けるような速度で夜空の彼方へと消えていくところだった。
「……凄い風」
俺は、天狗が飛び去った空を見上げながら、思わず口角を上げた。
治すべき患者と、機材を買うための明確な資金源。
これはビジネスチャンスかもしれないな……
あの山には純金で支払いをしてくれる太客が、ゴロゴロいるのだ。血が騒ぐのも無理はないだろう。
「……蒼也」
隣から、控えめに呼ばれる。
「ん?どうしたの?」
視線を下ろすと、茜がもじもじと指先を絡ませながら俺を見上げていた。
烏丸が飛び立つ時の風に煽られたせいだろう。いつもは結い上げている髪が少し解け、白い首筋にかかっている。俺が貸している少し大きめのTシャツのせいで、襟ぐりから華奢な鎖骨が覗いていた。
夜の薄明かりの中、上目遣いで俺を見つめるその姿に、心臓が大きく跳ねる。
「そのな……カラスを治してくれて、ありがとう」
「……え?」
「あいつは山の民でな。神である私を畏れ、遠巻きにしながらも、ずっと崇拝してくれているのだ。人間たちに忘れ去られた後も、妖怪たちはずっと気にかけてくれていてな……」
茜は空を見上げ、ふわりと優しく微笑んだ。
「だから、私にとってもアイツらは大切な存在なのだ。……だからな……アイツの苦しみを取ってくれて、本当にありがとう」
チクッと。
胸の奥を何かが刺すような感覚。
「いや、帰り道で会った時にさ!何か変な動きしてるなって思ってさ!もしかしたらって思っただけだよ!だから当然のことしたってだけだし!」
「そうなのか?……でも、ありがとう」
笑顔と、長い睫毛が月明かりにキラキラと光り俺の鼓動が弾む。
「じゃあ次は茜の治療だな!ほら、行くよ!」
「ちょ……ま!待つのじゃ!」
何故か俺は茜の顔がみれなかった。
翌日。学校の昼休み。
俺は自分の席で弁当を広げたまま、片手でスマホの画面をスクロールしていた。
画面に映っているのは『純金・本日の買取相場』のグラフだ。相変わらず1グラムあたり2万円以上の高水準をキープしている。あのカラス天狗の太客ネットワークを駆使すれば、ハンググライダーのタンデム機材を買うのも現実的な射程圏内だろう。
『治してくれて、ありがとう』
スマホの画面を見つめているはずなのに、昨夜の茜の言葉が聞こえた気がした。
「……蒼也。ねぇ、蒼也ってば」
「うおっ!?」
不意に耳元で声がして、俺は肩を跳ねさせた。
横を向くと、いつの間にか夏菜が隣の席に座り、身を乗り出すようにして俺の顔を覗き込んでいた。
揺れたポニーテールから、柑橘系のシャンプーの香りがふわりと漂ってくる。
「さっきから上の空だけど、どうかした?せっかくの唐揚げ、私が食べちゃうよ?」
「あ、いや……ちょっと計算をしてただけだよ」
俺は誤魔化すように唐揚げを口に放り込んだ。
夏菜はジト目で俺を観察するように、さらに顔を近づけてくる。きめ細かい肌の質感がわかるほど近い。
「ふーん……計算ねぇ。でも蒼也、なんかいつもと雰囲気違わない?」
「何言ってんだよ。ち、違わないだろ」
「怪しい。さては……好きな子でもできた?」
「っは?!んぐ?」
見事に気管に唐揚げの衣が入り、俺は激しくむせた。
そのせいで夏菜の目の色が一瞬黒くなったのを俺は気付けなかった。
「……ないない!んなわけない!」
「え〜、ほんとぉ?すっごく動揺してるじゃん」
夏菜は少しだけ唇を尖らせ、不満そうな顔をする。
「……もし本当に好きな子ができたなら、幼馴染の私に一番最初に報告すること。隠し事したら、絶交なんだからね」
「はいはい。わかったよ」
「なら、よろしい!」
何がよろしいのか全く納得出来ないが、夏菜はパッと表情を明るくした。
「そうだ!あのさあのさ!今度の土曜日って暇?」
「え?……別に予定はないけど」
「ならさ、観たい映画あるんだよね!行かない?」
「映画?映画かー。久々に観たいな」
「じゃあ決まり!土曜日の13時、石岡駅集合ね!『明日の君に』ってやつなんだけど、ずっと観たかったんだよねー」
「おい、勝手に……」
キーンコーンカーンコーン……
抗議するより早く、予冷鈴が鳴り響いた。
「やべ、昼休み終わる!」
俺は残りの弁当を急いで掻き込む。
「じゃあまた後でね〜」
夏菜はご機嫌にポニーテールを揺らしながら、自席に戻っていった。
……なんか、映画に行くことが決まってしまった。
まあ、良いか。
放課後、バスに揺られながら夏菜と土曜日の予定について話し、地元に帰ってきた。俺はその足で農家の手伝いのバイトをこなし、いつも通り泥だらけになって帰宅した。今日の追加報酬は、小ぶりだが立派なスイカだ。
「ただいまー」
「「おかえりー」」
奥から、夏菜と茜の声が揃って響いた。
「あれ、夏菜来てたんだ」
台所にスイカを置きにいくと、エプロン姿の夏菜が台所に立っていた。
「うん。美佐子さんが遅くなるって言うから、代わりにご飯作りに来たの」
「いつも悪いね。別に俺だって料理くらいできるのに」
「え!??蒼也が……料理?」
カランッ、と。夏菜が驚きのあまり持っていた菜箸を落とした。
......?いけね!前世の感覚でつい余計なことを言ってしまった。
「いや、まあ簡単なレトルトカレーとかさ! カップ麺にお湯注ぐくらいはできるから!」
「なーんだ、そういうことね。でもそんなの料理って言わないからね?ちゃんとしたもの食べなきゃダメだよ!」
セーフ……
「んなこと言ってもさ、いつも悪いなって……」
「いいの!私が好きでやってるんだから!」
「好きで……」
俺は、ついその単語に反応してしまった。昨夜のことがまだ尾を引いているせいだろうか。
「っ!?料理作るのが好きなのよ!文句ある?」
夏菜は慌てて鍋の方へ向き直った。肉じゃがだろうか?鍋でグツグツと煮込まれているじゃがいもとにんじんをオタマで混ぜているが、耳まで真っ赤になっているのが横からでも丸わかりだ。
「いや、別に文句はないよ。……それじゃあ、いつもありがとう」
俺が素直にお礼を言ってみると、夏菜はピタッと動きを止めた。
「……うん」
目線はこっちに向けず、鍋を見たまま小さく頷く。
何だろう……。今日の夏菜、やけに可愛く見えるな。
「ほれほれ、痴話喧嘩は犬も食わんぞ?」
不意に、背後から茜が茶化すように声をかけてきて、俺たちは同時に肩を持ち上げる。
「蒼也は早く風呂に行ってこい。その間にご飯になるからの」
「う、うん。行ってきます……」
俺は逃げるように脱衣所へ向かった。




