5月31日
「ニンジン嫌~い!」
「そんな昭和の子供みたいなこと言わないで…」
「ママと同じくらい嫌~い!」
「令和のニンジンはおいしいんだよ」
そう言って私はニンジンを自分の口に入れる。
「まずそ~」
優人はニンジンではなく、私の顔を見ている。いえ…私は昭和生まれではありません。平成生まれです。平成生まれですが、私はニンジンが嫌いなのです。それが顔に出ちゃっているようです。
「おいじ~よ~」
不味い。でも我慢しなきゃ…。その感情のぶつかりが、変顔になって表れてしまったようです。
「あははははは」
優人が笑っている。どうしようもなく幸せに包まれる。
「もう、なに笑ってるの?」
「ママ変顔ー!ニンジンの副作用出てるー!ぷぷぷーーっ!」
優人が笑っているだけですべての不幸はどこかに隠れてしまう。
「そうだ、優人。健康のお薬飲んだ?」
「んー。飲んでなーい」
「待ってて、すぐ持ってくるね」
お医者さんからもらった、病気の進行を遅らせる薬は、苦くなかったので、優人も嫌がらずに飲んでくれる。これも一つの幸せ…。
わかってる。
どうしようもなく押し寄せる絶望を、少し先延ばしさせるだけだって…でも、優人のためにために何かができるって思いたくて…親として何かができるって思いたくって…なにか…ちょっとでも。
「優人ーっ!はい。サプリメント」
「わーい!サプリー!プリプリうんこーー!うんこ飲むーーー!あははははーー!!」
「もう……ダメでしょ」
最高。いいの。優人が笑っているだけで、私はこんなにも元気になる。サプリの何百倍。ボロボロに崩れ落ちそうな私の心は、それで健康を取り戻せるから。弱い弱い私がそれで立っていられる。
優人に「健康サプリ」と言って飲ませた病気の薬の包装をごみ箱に捨てる。
朝の気持ちのいい太陽がその端っこを光らせている。日常の光。昔と同じ光。
なぜだか急に私のお母さんのことを思い出す。光の中でやさしく笑っている。
実は今、私もお母さんなんです。
「ニンジンはおいしいよ」私は嘘ばかりだ。
私は嘘ばかり。「ニンジンはおいしいよ」
あ……、念のため言っておきますが、私のお母さんは地元で元気に暮らしています。死んでないです。




