第6話 連戦連夜(1)
毎日、ただ走るだけの練習にも少しずつ慣れてきた。
初めは長いと感じていた6kmのジョグも、今はそこそこ余裕を持って走り終えることができる。以前に比べれば、かなり体力がついてきたはずだ。
そんな中、俺のスケジュールには三週間連続で試合が組み込まれた。
まず二週間後の試合では、スピード強化を兼ねて800mに出場する。その翌週には1500m、さらにその次の週は駅伝を見据えた3000m。
800mも3000mも、俺にとっては未知の領域だ。
特に3000mへの不安は大きい。けれど、秋の駅伝に出走することは、今の俺にとって譲れない目標だ。そのためには、今からこの距離に慣れておく必要がある。
弱音を吐いている暇はない。最後尾を走る俺に、妥協の余地なんてないんだ。
二週間後。
約一ヶ月ぶりに、あの競技場に帰ってきた。
あいにくの雨模様だが、こればかりは仕方ない。少し憂鬱な気分で集合場所に向かっていると、俺を見つけた佐伯が全力で駆け寄ってきた。
「薄暮! 今日の組分け見たか? お前、玖珂と同じ組だぞ!」
「えっ? あれって普通、資格記録順で決まるんじゃないのか?」
驚いて聞き返すと、佐伯が詳しく解説してくれた。
「今回の大会は、各組の上位1名が決勝に進めるんだ。記録順に分けると速い奴ばかりの組と遅い奴ばかりの組で不公平が出るだろ? それを避けるために、今回は実力がバラバラに振り分けられる『ごちゃまぜ』の組編成なんだよ」
「マジかよ……俺、最下位確定じゃん」
肩を落とす俺に、佐伯は笑顔で背中を叩いた。
「大丈夫だ。今の薄暮なら、誰かには勝てる。誰かを抜く気持ちよさを、体感してこいよ!」
アップを終え、招集所へ向かう。
そこには、すでに準備を終えた玖珂蓮次がいた。
身長は俺と同じくらいだが、体の引き締まり方が根本から違う。放たれる圧倒的なオーラに、声をかけることすらできなかった。
結局、無言のままスタートラインに立つ。
雨でユニフォームが肌に張り付き、体が重い。けれど、あの花咲との地獄の練習に比べればマシだと思えた。
冷たい雨を切り裂くように、号砲が響く。
スタートと同時に、外側のレーンから玖珂が光のような速さで飛び出した。
分かっていた。分かっていたけれど、レベルが段違いすぎる。俺が最初のコーナーを曲がる頃には、あいつはもう30m先を走っていた。
50m、100m、150m……。
玖珂の背中はあっという間に見えなくなったが、他の選手たちはまだ近くにいる。
二周目に突入し、前の選手たちのペースが目に見えて落ちてきた。
(俺はまだ、余裕がある……行ける!)
そう確信してペースを上げると、前との差がみるみる縮まっていく。
そして、残り200m地点。
俺はついに一人を捉え、外側から一気に抜き去った。
今までは誰かの背中を追うばかりだった俺が、今、誰かの前にいる。
今まで勝てなかった相手に、今は勝っている。
――その瞬間、俺はこの競技の本当の「おもしろさ」を知った。
そのまま粘り抜き、俺は8人中7位でゴールした。
タイムは2分45秒。
種目は違うが、一ヶ月前の自分にはなかった確かな手応えを感じていた。
玖珂は、俺がゴールしたときにはもうそこにはいなかった。
タイムは1分57秒。自己ベストではないらしいが、この悪天候でその記録だ。
流石としか言いようがない。
(俺はあと、どれくらい走れば、彼らに追いつけるんだろう……)
雨に濡れたトラックを見つめながら、俺は次のレースを見据えていた。




