第5話 re:start
初戦を終え、自分の力不足と全国トップレベルの選手の走りに刺激された俺は、より一層練習に打ち込むようになった。放課後の部活はもちろん、朝は自宅で朝練をこなし、休日も競技場での自主練を日課にした。
初めは一人で走っていたが、それを知った河野や佐伯、そして花咲までもが一緒に練習をしてくれるようになった。
花咲とはあの記録会以降、急速に距離が縮まったと思う。仲良くなるにつれて彼から敬語が取れていき、「先輩」から「巽さん」へ、そして最終的には**「薄暮」**と呼び捨てにされるようになった。
そんな花咲からある日、電話がかかってきた。
「薄暮、今から練習しない?」
練習の誘いだった。誘ってくれたのは嬉しいが、あいにく空は大雨の予報だ。
「この後、大雨らしいけど大丈夫か?」
「まあ、どうにでもなるだろ」
彼の言葉に押し切られる形で、俺は練習に行くことにした。
競技場に着く頃には、すでに雨が降り始めていた。およそ走れるようなコンディションではなかったが、花咲は「気合を入れれば問題ない」と笑う。そのまま強行することにした。
今の俺では花咲のレベルの練習にはついていけない。そのため、俺が走る時は花咲がタイムを測り、彼が走る時は俺がタイムを計測することにした。
雨は刻一刻と激しさを増し、アップの時点で服も靴もびしょ濡れだ。当然、俺たち以外に競技場を利用する物好きはいなかった。
大雨の中、練習を開始する。
濡れた服が肌にぴたりと張り付き、足運びを邪魔する。正直、今すぐにでもやめたい。だが、脳裏にはあの日の浅葱凪沙や玖珂蓮次の走りが焼き付いていた。
今の自分のままではいられない。このままでは、覚悟を決めたかつての自分に顔向けできない。そう思うと、足が自然と前に出た。
あのレースの後、がむしゃらに練習量を増やした成果だろうか。以前よりも確実に速いペースを、楽に維持できるようになっている。
苦しく、雨も冷たくてキツい。けれど、薄暗い空とは裏腹に、今の俺は走ることを心から楽しんでいた。叩きつける雨の中、俺は笑顔でメニューを走り終えた。
自分の練習を終え、軽く体を拭いてから花咲の計測に移る。
激しい雨を切り裂き、花咲はいつも通り軽やかに駆け抜けていく。この悪条件で、このスピード。流石は2年生で県トップレベルの実力を持つ男だ。彼は終始余裕を保ったまま、練習を終えた。
その後、更衣室で着替えていると、花咲が不意に尋ねてきた。
「薄暮は、なんで陸上始めたの?」
「二年間、特に何も頑張らない生活を送ってたからさ。このまま中学校生活が終わるのはもったいないと思ったんだよね。だから、そんな自分を変えるために陸上を選んだ。この選択が正解かはわからないけど、答えを知るまでは誰より全力で走りたい」
少し格好をつけた答えを返すと、花咲はさらに問いを重ねる。
「勉強はどうするんだよ。今から始めたものに全てを費やしたら、今まで積み上げたものが崩れるぞ」
「もちろん、陸上も勉強も妥協しない。どちらにも全力で取り組み、どちらでも上を目指す。どうだ? 俺の無茶苦茶さ、伝わったか?」
俺が不敵に笑うと、花咲は少しの沈黙の後、こう言った。
「実力は無いが、覚悟だけはあるんだな。その無茶苦茶さで、そこまで強気でいられるやつ、他にはいない。……でも、嫌いじゃない。現に今日、こんな状況なのに練習に来た。その覚悟は最高だ。薄暮、これからもよろしくな」
その言葉を胸に、俺は二度目のスタートを切った。




