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[最速の今] -空白の時を埋めるため、僕らの無謀が『加速』する-  作者: Pe.com
中学3年生編

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2/9

第1話 スタートライン

翌日。学校を終え、いつものように「爆速」で校門を目指そうとした時だった。


「巽! ランニング始めるんなら、陸上部入れよ!」


背中に、ドンと力強い衝撃が走る。

声の主は舛谷ますたに先生。この学校の陸上部顧問であり、学生時代は100mを10秒台で駆け抜けたという怪物だ。


「あはは……考えておきます……」


俺は引きつった笑いを浮かべ、逃げるように帰路についた。

まさか俺が陸上部に入るわけがない。先生だって軽い冗談のつもりだろう。そう自分に言い聞かせながら自転車を漕ぐ。

けれど、もし。もし今からでもあの集団に飛び込めば、この退屈な日常を塗り替えられるのではないか。誰よりも速く走れるようになれば、女子にモテまくる日々が手に入るのではないか。

そんな他愛もない妄想を、苦笑いで振り払いながらペダルを踏み続けた。


帰宅して、いつものように机に向かう。

だが、俺は勉強が好きでもなければ、得意なわけでもない。勉強を盾にして運動部から逃げ回っているくせに、いざ机に座ればSNSやゲームで時間を溶かすばかり。

気づけば、貴重な中学生活の三分の二を無駄に過ごしてきた気がする。このまま、何者にもなれないまま卒業していくのだろうか。


そう思った瞬間、「陸上部への入部」という、これまで選択肢にすら入らなかった一手が、唯一の「最善手」のように思えた。


3年生から始めるのは、客観的に見れば遅すぎる。その事実は変わらない。

けれど、今の自分にとっては、今この瞬間こそが「最速」なのだ。


午後5時21分。

夕闇に溶けかける空を見つめながら、俺は静かに、けれど固く決意を固めた。


翌日、学校で河野に入部を伝えた。


「今から始めるのって、遅すぎない?」


呆れたような河野の言葉。だがその瞳の奥に、先を越されたことへの僅かな焦燥が見えたのを、俺は見逃さなかった。

「まあ、もう決めちまったからな」

言い残して俺は席を立ち、入部届を受け取りに職員室へと向かった。


放課後、その足でスポーツ店へ向かった。

並ぶ靴の多さに圧倒される。店員に「3年から陸上を始める」と伝えた時、一瞬だけ見下されたような気がしたが、それでも彼は初心者の俺に合う一足を選んでくれた。


そのシューズは、母さんが買ってくれた。

「明日からきついと思うけど、頑張ろう」

だらしない生活を送っていた俺が、自ら「変わりたい」と言い出したことに、両親は言葉以上の期待を寄せてくれているようだった。


翌日の放課後。

爆速で駐輪場へ向かう誘惑を断ち切り、俺はおそるおそるグラウンドへ足を踏み入れた。

朝一番で舛谷先生に入部届は提出済みだ。


「今日は新入部員が7人いる。二、三年生と新入生、順に自己紹介してくれ」


先生の指示で、部員たちが前に出る。


「3年A組、佐伯航太です。専門は800m。ベストは2分9秒です」

「2年A組、花咲総司です。専門は1500m。ベストは4分36秒」


佐伯はクラスこそ違うが、中学からの友人だ。経験者の彼らは、これから頼もしい(あるいは遠すぎる)指標になるだろう。

そう考えているうちに、自分の番が来た。


「3年B組、巽薄暮です。長距離をやりたいと思ってます。……陸上は初心者ですが、食らいついていけるように頑張ります」


言い終えると同時、聞き覚えのある声が続いた。


「3年B組、河野勇士です。長距離をやるつもりです。1年間ですが、よろしくお願いします」


お前も入るんかい! とツッコミたくなったが、あいつの負けず嫌いな性格を考えれば、驚くことでもない。河野にだけは負けたくない。俺はもう一度、心を引き締めた。


長距離の部員が集合し、舛谷先生が今日のメニューを発表する。

「今日は新人もいるし、小手調べだ。試しに6kmジョグいこうか」


……6キロ? ジョギングの距離じゃないだろ。

来る場所を間違えたか?

絶望に近い衝撃を抱えたまま、俺の「初練習」がスタートした。

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