90 美洲丸勇と『竜洞生徒』は中2の秋から名前で呼び合う仲だった
『陸奥だ、再三の警告にも関わらず、自称“難民を満載した輸送機”が二機、当基地に着陸を強行した。現在、貨物室扉を開きながら減速しつつ滑走路を走行中だ』
基地司令の『合戦準備』の放送に続いて、格納庫の奥のクレーンの上のプレハブ小屋……移動管制塔っていうらしい……に陣取った陸奥中佐の声が流れる。
いつの間にか、格納庫の中には土嚢を積んで壁で陣地がいくつも作られていた。
兵隊さんたちはその土嚢の陰でライフル銃を抱えて俯いている。
(怖いんだろうな……そりゃそうか)
こんな状況を楽しめるやつはそうとうなイカレポンチだ。
『……ッ、開いたカーゴベイから“所属不明”の歩兵集団が待機しているのを目視したとの情報が管制塔から入った。間違いなく特殊部隊だ』
格納庫内が戦闘への恐怖に緊張した空気に満たされてゆく。
土のうの壁にもたれて何やらお祈りしている兵隊さんもいる。
そんな中、俺は相変わらず梓に拘束されて、標準的な二階建ての住宅ほどの高さの鉄の塊へと連行されている途中だった。
「兄様、梓には何故、アレへの搭乗を兄様が抵抗するのかがわからない。アレの中は一番安全だと梓が言っているのに」
俺の力いっぱいの抵抗も物ともせず梓は俺をロボットへと押しやってゆく。
そのロボットの上では、太刀浦圭輔がホクホクとしためっさ爽やかな笑顔で待ち構えている。
いつか、元の世界の松雪の部屋で観た映画で、パイロットが戦闘機に乗り込むのを手伝う整備員みたいだ。
「なあ、梓」
「なあに、兄様」
「アレに乗ったら俺は安全なのか?」
「兄様は、梓の言うことが信じられない?」
「いや、信じる信じないじゃなくて、俺の梓は、俺には本当のことしか言わないから……アレの中は核兵器が頭の上で爆発したって大丈夫だよな……たぶん」
「兄様……」
フッと、梓が俺を押す力が緩んだ。……が、俺はあえて、ロボットへと押しやられてゆく。
「だがなぁ、梓……」
「なあに、兄様」
「今は、みんなと一緒に避難した方がいいんじゃないか? おれは、アレを動かす訓練受けてないからさ、今、着陸してきた敵の目的って、アレの強奪なんだろ? 俺、嫌だなぁ、初めての海外が、誘拐されての囚人生活なんて」
このまま、梓に連れられて、あのロボットに乗ったとして、たしかに梓の言う通り、銃弾や砲弾の爆発からは守られるだろう。核兵器が炸裂したってへっちゃらだろう。
が、ここの守備をしている人たちはさっき美洲丸を転がしたおば……お姉さん以外は素人の俺が観たって戦闘のシロウトだ。
こんな敵地に新兵器の強奪のために強襲してくるなんて、絶対にラ○ボーみたいな超強いヤツやつがゴマンといる特殊部隊とかってやつだろ。
ここに侵入された時点で、詰みだ。俺は望まぬ大陸旅行に連れて行かれちまう。
「兄様の心配はもっとも。でも大丈夫、梓がそんなことはさせない」
「え? 梓、アレの操縦できるとか?」
「む、と、いうか梓は……」
どむんッ! ぱぱぱぱんッ! どぱぱぱぱぱ! ぱんぱん!
梓の言葉は格納庫の鉄扉の向こうから聞こえてきた爆発音と発砲音にかき消された。
「発砲用意! 安全装置外せ!」
ここの守備責任者のお姉さんが戦闘準備を命令する。
あれ、さっきの超強いおば……お姉さんがいないぞ。てっきりあの人がここの隊長さんだと思ってた。
「生徒諸君は私に続きなさい。急いでッ!」
「勇様ッ! 行きますわよッ! 葡萄牙さんたちはもう既に行かれました。残っているのは私たちだけですわ! 早く! ここにいても、戦闘の足を引っ張るだけです!」
「い、いや、だがッ!」
渋る美洲丸の腕を引っ張りながら、子の日さんが叫んだ。彼女が言うように残っているのは確かに俺達……俺に、梓、小桃、楓、響、陽、そして、美洲丸に子の日朱美だけだ。
香取ひとみ、鹿島あいたち他の皆は既に避難したようだ。見回した限りに知った顔はいない。
「梓ちゃん一緒に避難しよう」
「梓ァ、みんなで退避壕行こうぜ」
「梓ちゃん」
「あにきッ! ……梓ちゃん、いっしょに退避壕にいこう!」
「だからさっきから言っている。皆は……ッ!?」
俺は梓の唇を人差し指で塞いだ。
そして振り返り、心配そうに俺の方を見る皆に俺は微笑む。
「みんな、俺と梓は大丈夫だ。地球上で一番安全なところに避難するから。そこで、爽やかな笑顔で俺を待ち受けている太刀浦はどうするのか知らんがな」
俺は、コクピット? で俺を待ち受けている太刀浦を見上げる。
「は、ははは、大丈夫なんだな竜洞君。ぼ、僕は、君を固縛したらあそこに退避するんだな」
太刀浦が指差したのは陸奥中佐がいる移動式管制塔とか言うクレーンの上のプレハブだった。
いや、どうみたって敵が来たらあそこが一番ヤバイだろ。
「さあ! 勇様行きましょうッ! あの馬糞頭がああいってますもの」
「だ、だが、朱美ッ! ……くッ!」
「わ、わかったわよ、たっちゃん。梓ちゃん本当にそこは安全なのね」
「……ッチ、ッかたねえなぁ。ああまで梓が言うんならあの中が一番安全なんだろうよ」
「わかったの、梓ちゃんお兄ちゃんをよろしくなの」
「……ッく、梓ちゃん、あにきを頼んだ」
俺が納得したことで、美洲丸以外が渋々ながらも踵を返し、格納庫から退避壕へと向かって出てゆく。
「美洲丸……俺は大丈夫だから、な」
「竜洞……た、たつ……」
「本当は皆を乗せてあげたい。でも、アレは、兄様しか乗れないから!」
美洲丸が俺の名を呼ぶ声に梓が被せ叫んだ。
「兄様以外が乗ることができないのは天地開闢以来の真理ッ! 兄様以外を乗せるなんて陵辱以外のなにものでもないッ! 梓は、梓はッ! 兄様以外をあの場所に容れたくないのッ! 梓の純潔は兄様だけのものなのッ!」
外から聞こえてくる戦闘音をかき消すような梓の絶叫が格納庫に響く。
「あず……さ? さん?」
「梓……ちゃん」
戦闘に備えている兵隊さんたちを含めて、その場にいる全員の頭から湯気が噴き出したような幻視をする。
だが、確実に全員の顔は耳まで真っ赤だった。
扉一枚向こうは砲煙弾雨の巷だというのに……。
「……ッはあああッ! わかったよ梓ちゃん。りん……辰哉を頼む」
大きなため息を付いて美洲丸が梓に右手を差し出した。
「む、美洲丸勇、梓は兄様への名前呼びを貴様に許可した覚えはない」
「……ッはははっ、梓ちゃんの許しなどいらないさ。私は中二の秋から、辰哉とは名前で呼び合っていたからね」
「むむむむ……っ」
梓のもみじのように愛らしい手を美洲丸のたおやかな手が包みこんだ。
「きいいいいいいいいいぃっ! 行きますわよ勇様っ! きいいいいいっ!」
子の日朱美がヒステリックな金切り声を上げながら美洲丸の腕を牽いて行く。
地響きが立つような勢いだ。
「じゃあ、な、辰哉、また後で」
「ああ、ゆ……」
『勇』と言いかけて俺は、口をつぐんで手を振った。
あいつをそう呼んでいいのは、俺ではなく『竜洞生徒』だったことを思い出したからだった。
「きいいいいいいいいぃっ!」
子の日朱美の金切り声は格納庫の外へと彼女たちが出ていってからも少しの間、聞こえ続けていた。
「ふう、……じゃあ、乗るか」
「む、兄様のことは絶対梓が護るから」
「ああ、頼んだ」
「む」
梓の頭を撫でる。喉をくすぐられる猫のような表情で梓が微笑む。
「さあ、こっちは準備万端なんだな。固縛を手伝うんだな」
「ああ、頼む……」
コクピットへのはしごを登りかけたとき、首筋にチリチリと焼けるような感覚を覚えた俺は、梓を突き飛ばし転がった。
ガキンっ!
金属同士が衝突するような音が辺りに響く。
「へえ……、今の避けるんだぁ……すげえなオマエ。アタイのストーキング(忍び寄り)、誰にも気づかれたことないんだけどなぁ」
滑走路と反対側の格納庫の扉……さっき皆が出ていった方の扉だ……から、猫なで声が聞こえる。
「お、お兄ちゃん……ごめんなさい」
「……ッ、響ッ!」
「響」
「……こ、これはイケないんだな」
移動管制塔を乗せたトレーラーの陰から響が現れる。
だが、俺はその響に違和感を感じる。
響の身長が、俺が知っているそれよりも10センチほど高かったからだ。
「ごめんなさい、お兄ちゃん、響……ひ……びき……」
響の声は恐怖に震えていた。
そして、俺は違和感の正体に気がついた。
響の足が地上からちょうど10センチほど浮いていたことに。
「あッはははぁ……うん、いいねえ……パイロットとドールに、整備士までぇ……退避壕の同志には申し訳ないが、手柄はアタイのひとりじめだぁ……あははぁ」
響の頭の後ろからヌルリと顔を出したのは、鈴縫響の姉、養子に出ていたという呉竹韻だったのだった。
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