89 地獄の夫婦漫才師
「なら、君らこそ退避しろ。どうせしばらく管制業務なんてせんのだからな」
「中尉、この際だから教えてあげる。Z旗を掲げた指揮官は、Z旗とともにあるものなのよ。これ、海軍の伝統」
橘司令は平然と中尉の抗議をスルーして微笑み、夫人の首席幕僚はVサインを突きつける。
「そんなたった今でっち上げたような伝統存じ上げません! 防大の戦史講義でもそんなこと教わりませんでした。首席幕僚ぅ……本来ならあんたがこんなこと止めるべきでしょう」
「あら、一瞬でバレちゃった。いいのいいの、操縦桿握る以外じゃ、このデクノボーはこんなことでしか役に立たないんだから」
「その通りだ! 防衛戦の指揮は陸奥と長門に任しときゃ問題ない。俺はここで音頭を取る(士気を鼓舞)のが最優先の任務だ!」
「わたしは、愛しいダーリンの傍でダーリンが挫けないようにケツを蹴飛ばすのが任務ね」
「この、夫婦は……嫌な予感がしてたんだ。三年前、あんたらがここに赴任してくるって聞いたときから……この“地獄の夫婦漫才師”め!」
「ほう、懐かしい二つ名だな」
「沖縄撤退戦で敵空母に衝角戦仕掛けたとき以来かしらぁ」
北方航空群の群司令と主席幕僚が懐かしむように目を細める。
「えーッ! 群司令と首席幕僚って、あの、地獄の“夫婦漫才師”なんですか?」
「うっそぉ! 陸軍の“疾風烈火”と並び称される!?」
「きゃぁきゃぁッ! 群司令、半島の核ミサイル基地に先制防衛攻撃にいったときのあれって本当なんですか?」
「そうそう、対空ミサイル避けの魔法使ったとか、味方の攻撃機をかばって、わざとアフターバーナー焚いてミサイルひきつけたとか……」
管制塔の狭い室内は、アイドルの出待ちのファンの女の子たちが上げるような歓声で満たされる。
その金切り声にキーンとなった耳を抑えながら、群司令橘は記憶をまさぐる。
「そんなことあったっけ? フレアとアフターバーナー間違えたことはあったような気がするけど……」
「うっそぉ……」
「間違える? ふつう間違える?」
「はいはい、お嬢さん方、戦場伝説の真実なんてこんなもんよ。その伝説誕生の瞬間、後席でナビやってたアタシが証言するんだから間違いないわ。わかったらさっさと退避壕に避難する」
「えええッ! でもぉ、首席幕僚ぅ……」
駄々をこねるようにこの場に残ることを訴える管制員の口を橘夫人の人差し指が塞ぐ。
「ああ、でも、伝説のうち一つだけ正しいのを教えてあげるわ。この人、弾避けがとっても上手いの。この人の操縦する機体には絶対弾が当たらないのよ。おかげでウチは子宝に恵まれなかったんだけどぉ」
「おいおい、おまえ!」
「事実ですぅ!」
「ああッ! もう、夫婦漫才なら退避壕でやってください、みんなヒマしてますから!」
「「おおぅ! 中尉上手いこと言った! 座布団五枚ッ!」」
橘夫妻の返しに管制士官は顔を真赤にして憤慨する。
この場に辰哉がいたら「こっちにも笑○あったのかよ」と、ツッコミを入れたことだろう。
「てッ、敵輸送機、最終アプローチに入りました!」
レーダーを監視していた監視員の叫びに、橘夫妻の夫婦漫才で緩みきった管制室の空気が一瞬で緊張する。
「来たか!」
「まもなく視認できます、……あ、き、来ました。亜洲超大国空軍の輸21ですッ! 最新鋭の大型戦術輸送機です! 二機編隊で着陸態勢に入ります!」
「へえ、やるねぇ、敵地に編隊着陸かよ。かなり練度が高い部隊をツッコんできたな。そんだけで、難民乗せてきたなんてのが嘘っぱちだってわかるよな」
ずんぐりとした胴体の上部に主翼を配置した現代の輸送機としてはオーソドックスなスタイルのシルエットが徐々に大きくなってくる。
「オープン回線でアンノウン輸送機に通達。当基地は貴機の着陸を認めない。着陸を強行するならば交戦の意思ありとして、断固とした対処をする」
「了ッ! 当基地に着陸を試みている所属不輸送機応答せよ。当基地は貴機の着陸を認めない。着陸を強行するならば交戦の意思ありと認る。どうぞ!」
「………………」
「アンノウン輸送機からの応答なし」
「おいおい、あいつら、ウチの領空に入る前、オープン回線で人道とか、日本人のあたたかいのココロとかギャースカ喚いてなかったか?」
舌打ちをして橘司令はボヤく。
「あらぁ、ダーリン、新潟に降ろそうとした空軍スクランブル機に、新潟では安心して、難民を下ろせないとかなんとかとも言ってたわよ」
戦闘服の胸ポケットからヤスリを取り出し、爪を磨きながら首席幕僚が答える。
「ちなみに、陸地上空を飛行し始めてからは、一切沈黙をしているわね」
「完全にクロじゃねえか、なんで撃墜しねえんだ……って、いや、できねえよなぁ……したらしたで、国際的非難のマトにかけられちまうもんなぁ。難民を虐殺したってよぉ」
「まあ、しょうがないわね。我が国の国際的立場は今だに敗戦国なんだから」
「そ、だな……」
橘司令は大きくため息を付いて管制員にもう一度命じる。
「もう一度、呼びかけてくれ」
「了ッ! 当基地に着陸を試みている所属不明輸送機応答せよ。当基地は貴機の着陸を認めない。着陸を強行するならば交戦の意思ありと認る。どうぞ!」
「………………」
「応答なし!」
「アンノウンのギアダウンを視認」
双眼鏡を覗いている管制員が叫ぶ。
「はあ、仕方ねえなぁ……」
ぼやきながら携帯端末を取り出し、橘司令は陸奥中佐を呼び出す。
「陸奥か、橘だ。状況は理解しているな。では、かねてよりの行動予定に沿って実施してくれ。ああ、そうだ、あと5分でルムルーモが来る。5分持ちこたえてくれ」
端末の通話スイッチを切って、すぐさま別の通話先を呼び出す。
「おう、俺だ、お前ナニ前線にいるんだよ。え? 俺か俺は、管制塔だよ。うるせえよ、お前だって長門に丸投げしてんじゃねえかよ。あと1分で敵機が着陸する。あと5分でルムルーモが来っから、それまでの我慢だ。……死ぬなよ」
通話スイッチを切って橘司令はおお再び大きく息を吐いた。
「死ニ方、用意……ってか」
つぶやいて、妻でもある首席幕僚に微笑みかける。
応えてフッと、首席幕僚も微笑み返す。
「空軍機離脱、三沢に帰投します!」
管制塔をかすめるようにして空軍の戦闘機が航過してゆく。
「フン、A10(対地攻撃機)連れて戻ってこいと言ってやれ」
「了!」
群司令の言葉を送信しようとした管制員のヘッドセットを奪い、首席幕僚が大きく息を吸い込んだ。
「おいこら腐れ空軍! やっかいごとおしつけてバックレんてんじゃねーぞ! ウェポンベイにぶら下げてんのは花火かコラ? A10連れて戻ってこい! オワリ! だ、バカヤロウッ!」
「空軍機沈黙、翼を振ってます」
「おいおい、俺そこまで言えって言ったっけ? 首席幕僚」
「あらぁ、ダーリン、あなたの心中を代弁してあ・げ・た・のにぃ」
胸を鼻息荒く反らし、首席幕僚が夫のツッコミを弾き返す。
「まあ、これからここで始まることを思えば言いたくもなりますけどね。なるほど、これが地獄の夫婦漫才か」
輸送機が着陸した後のことを想像して、管制士官の中尉が肩を竦めた。
「よし、と、じゃあ、中尉以下管制員の諸君、ご苦労だった。以降当基地の管制業務は私
と首席幕僚が引き継ぐ」
「え? いや、しかし、それでは!」
管制士官の中尉が抗議するが、その口を首席幕僚の指が塞ぐ。
「大丈夫よ。あたしたち、空母の艦長資格持ってるから当然管制官資格も取得してるわ」
「いや、しかし……ッ」
「敵空母に突っ込んだときってさ、空母の艦長の資格取るために教育でさぁ、ステルスコルベットの艦長やってたときなんだよなぁ」
「楽しかったわね、乗員全員降ろして、二人で真っ暗な海を敵艦隊の艦の間を縫って近づいていったの」
「あの艦って舵が戦闘機の操縦桿みたいで操りやすかったし、なんつったって、お前のナビがあったからなぁ」
「今回もナビしてあげるわ」
「そりゃ助かる。俺は方向音痴だからな」
「と、いうわけで、中尉、ここからはあたしたち二人っきりにしてくれない?」
なおも、管制塔に残ろうとする中尉を橘司令夫妻がある種の決意を込めた視線で見つめる。
「……うぅ…………ッはぁ……」
その気迫に気圧され、中尉は短く呻いて、息を吐くと姿勢を糺した。
「了解です。ご武運を!」
帽子を被り、海軍式の挙手の礼をして踵を返し部下に退避壕への移動を命令する。
「みんな、ここは群司令たちにお任せて我々は退避壕に移動だ」
「ええッ、いいんですか中尉!」
「ああ、私達がいてもやれることはない。戦闘が終了したら大忙しだがな。さあ、いくぞ!」
管制士官の命令に、管制員たちが管制塔の階段を降りてゆく。
「さて、と」
橘司令は基地内放送用のマイクを取って息を吸い込み、
「合戦準備! 繰り返す、合戦準備! 皇国は各員がその義務を尽くすことを信じている!」
と、叫んだ。
「へえ、今度は元ネタとは、気が効いてるわね」
「だろ」
基地司令夫妻は口角を釣り上げ、地獄の鬼も裸足で逃げ出すような形相で微笑み合ったのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価いただきまして感謝いたします。




