88 耳障りな声で俺を歓迎するクッソ爽やかな笑顔
「たっちゃん、勇くん、陽くん行こう。みんな、もう退避壕に入ったよ」
「さ、行こうぜ辰哉ぁ、勇、陽!」
「なの!」
「ああ、すまない心配かけたな、しな「小桃!」……小桃、楓、響ちゃん」
「信濃」と、小桃のことを言いかけた美洲丸に小桃が自分の名前を叫ぶように被せる。
「おう、行こう。こんな鉄火場からはそそくさと逃げ出すに限る。命あっての物種だからな。どっかの勲爵家の坊っちゃんは命が惜しいから、とっとと防空壕に逃げ込むさ! いやぁ、なんつったって俺は、軍人じゃないただの高校生だからな!」
俺は、兵曹長に聞こえるように大きな声でこたえる。視界の端っこに件の兵曹長を入れて、だ。
「ははは、坊っちゃん、キツイなぁ……」
バツが悪そうに頭を掻きながらおばさんが口角を釣り上げた。
「す、スマン竜洞! わ、私は別に貴様を貶めたわけでは……」
「わかってるさ美洲丸。お前は、お前の信条に従っただけさ。わかってるから」
オロオロと涙目で俺に弁解する美洲丸に、俺は全く気にしていないことを強調しながら笑いかける。
そして、困り顔の兵曹長を一瞥して滑走路と反対側の出入り口へと向かおうとした。
グンッ!
と、何かに引っ張られ、バランスを崩す。
俺の腕を引っ張ったのは梓だった。
「兄様、兄様が向かうのはそっちではない。と、梓は進言する」
「いや、梓、俺達がここにいたって何もできないぞ。俺たちには拳銃と、腰の刀以外に武器はないんだからな。戦争するには武器としては頼りなさすぎだろう? 忍者○隊月光じゃないんだから」
「……む、兄様は梓と共に来るのが一番安全」
なおも梓は俺をここに引き留めようと腕を引っ張り続ける。
「梓ちゃん退避壕に行こう。クラスのみんないるから安心だよ」
「……む、小桃姉さま、それは余計なお世話。皆何故引き返して来た。兄様には梓が付いているから圧倒的絶対的に安全なのは火を見るより明らか。天地開闢以来の真理と梓は宣言する」
「おいおい梓、せっかくみんなが迎えに来てくれたんだ。そんなこと言うことはないだろう」
「姉さま方や勇ごとき、屁の突っ張りにもならない。兄様のことは梓が守れる。梓は生前の梓ではない。繰り返す。兄様は梓が完璧に守ってみせる!」
「「「「「梓ちゃん!」」」」」
その薄い胸をフンスと反らし、梓が皆の抗議を弾き返す。
更に梓の俺の腕を引く力は増し、俺はズルズルと梓が向かう方へと引きずられてゆく。 ロボ梓のパワーに生身の俺がかなうはずもない。
「な、に?」
「え? 退避壕よりも安全な場所って……そこなのかなッ」
「嘘だろ!」
「なのッ!」
「た、たしかに核兵器使用の危険がある戦場での運用も想定されているから小銃や戦車砲、野砲、対戦車ミサイルにも当然耐えられる装甲を誇っているが……」
「いやぁ、そこは一番危険なんじゃないかなぁ」
果たして梓が向かっているのはあのロボットだった。試製零式白兵戦闘機っていったっけ?
「な、何するんだ梓! みんなと一緒に避難しよう」
「だめ、梓は兄様を守る! アメリカ大統領戦時執務室よりも安全なところで保護する。基地防空壕なんかよりはるかに安全な場所に兄様を連れて行く。1メガトンの核爆発が直上で起きても安全なところにつれてゆく」
俺は梓が俺を連れてゆこうとしているロボットを見上げる。
「やあ、竜洞くん待っていたよ」
そこでは耳障りな声で俺を歓迎するクッソ爽やかな笑顔の太刀浦圭輔が両手を広げていたのだった。
※※※※※
「り、陸軍の弾薬庫爆発炎上……ッ! 何者かに爆破されたようです!」
管制塔の大きな窓から、滑走路を挟んだ隣の陸軍駐屯地を双眼鏡で覗き込んでいた管制員が顔色を紙のようにして叫んだ。
「まあ、予想通り、か。残念だ。人的被害が少なければいいんだが……」
「我軍への敵第五列の浸透は深刻だわねぇ」
海軍名物の薄いブラックコーヒーを満たしたマグカップを手に、陸軍の弾薬庫の爆発炎上を管制塔の窓ガラス越しに眺め眉を顰めているのは、海軍北方航空群司令の橘少将とその妻、首席幕僚でもある橘大佐だった。
ふたりとも高位士官の階級章を襟に縫い付けた水色の迷彩服に身を包んでいる。無論、周りにいる管制塔勤務の海軍兵士たちも同じ柄の迷彩服を身にまとっている。
「まあ、な。大東亜戦争の前から大陸や半島との人や物の交流は盛んだったからな。合法非合法にかかわらず我が国に住み着いた大陸や半島からの移住者が、本国の利益のために働くことなんてちっとも不思議じゃない」
「そーよねー、前の大戦時にアメリカじゃ、こーゆーことされないために日系人を強制収容所に押し込めたんだもんね」
「我が国じゃ、売国奴の政治屋共が猛反対するだろうけどな」
滑走路の向う側にある陸軍駐屯地から上がる爆炎を指差しながら首席幕僚橘大佐が眼差しを鋭くする。
「ねえ、中尉、なんで群司令と首席幕僚がこんなとこにいるんですか?」
「Z旗掲げに来たって本人が言ってたろ」
「いや、そんなのそこいらの兵隊にやらせりゃいいじゃないですか。なんでご本人がわざわざいらっしゃるんですか?」
「そんなの知るか。それこそ本人に聞けよ」
この基地の最高指揮官の突然の来訪を管制塔勤務の兵士たちはヒソヒソ声で訝しむ。よほどのVIPをエスコートするのでもなければ、こんなところに基地司令が来ることなど有りえないことだった。
「そんなことできるわけないじゃないですか」
「だったら黙ってコーヒーのおかわりでも差し上げてこい」
いくら声をひそめても、狭い管制室だから、二人の耳に管制員たちの会話は筒抜けである。
が、群司令夫妻は管制員たちの声に口角を上げながら、話を続ける。
「まあ、な。中央はもとより、こんな辺境の部隊にも潜入工作員が何人も潜り込んでる。まあ、前線部隊ほどたくさん潜り込ませてると言った方が正しいか……」
「いざってときにあーゆーことができるし?」
「そういうことだ」
滑走路の向こう側の黒炎はますますその勢いを増している。
「ありゃ、消火にも人手を裂かんとイカンから、敵機が着陸しても陸軍側から応援に来てくれるのに時間かかりそうだな」
「皐さん大丈夫かしら?」
「あいつなら……ほれ、あそこだ。おーおー、地団駄踏んどる。お、消火にかなりの手勢を向かわせたな。残ったのは……ふむ、特異群の連中か。だが、一個分隊じゃなぁ」
橘提督は双眼鏡で滑走路の向こう側の陸軍の駐屯地を眺めながら憮然とする。
「さすが、空挺遊撃持ち、判断が早いわね。でも本当なら彼も富士山での演習に参加だったんでしょ」
「おう、そう、命令が来たってよ。だが、幼年学校の部隊実習に部隊長がいないのはいかがなものかって中央に捩じ込んで居残ったんだと。しかし、あいつ、将軍やってるより生き生きしてんなぁ。長門に防衛戦の全体指揮丸投げして自分は前線指揮かよ」
「あなただって、陸奥に丸投げしたでしょ。ああ、そういえば、あなたも試製歩兵装甲の運用試験の報告書を持って来いって陸奥と一緒に統幕に呼び出されてたんじゃなかった? 国会答弁書作るとかっていう名目で」
「ああ、アレの開発になんの関係もない防衛官僚の統括官殿に、な。もちろんブッチしてやったさ。ちょっとした理由つけてな。そもそもアレの開発に国会答弁いらねえし」
「場所と人員以外に国家予算使ってないもんねえ。しかも、統幕でもアレの開発の事知ってるのって何人もいないはずでしょ」
「まあ、それは戦前の大和の建造と一緒さ。いつの間にか周知の事実になっちまってたんだなぁ」
「人の口に戸は立てられない、か」
この基地の指揮官のツートップの二人の会話が、軍の中央への批判に流れ始め、海軍航空隊北方航空群の管制塔内に、緊張がひたひたと忍び寄ってくる。
「あの統括官な、もともと外務官僚で、隣の国にずいぶん長いこと行ってたんだよなぁ」
「アハーン、んで、あっちの連中に洗脳されるか買収されてぇ」
「ってのが、サツ庁にいる俺のポン友のお話なんだよな。そいつ、今日明日にでも公安にタイーホされるんだとよ」
「あらァ偶然、二部別班のアタシのお友達がね、近々陸幕のとある高級将校が事故に遭うかもって言ってたわ」
基地に接近しつつある所属不明の二機の大型輸送機がもたらすものとは別の緊張感が管制室に張り詰める。
「ちょっと、ちょっと、群司令、大佐! その物騒なお話、いい加減にしてください! うちの子たちがビビってるでしょ! そうでなくったって敵特殊部隊の襲撃で戦闘になるかもしれないって戦々恐々としてるのに」
基地司令夫妻が茶飲み話にしている国家安全保障上の重要な情報に目を見開いて、夫妻以外で一番高位の階級章を水色の迷彩服につけた娚の管制士官が二人の話に割り込んだ。
「ああ、ワリィ中尉。いやあ、な、こういう俺みたいな高級士官がさ、こんな緊急時にこんな最前線に出てきたら、敵第五列の要員にとってみたら手柄首だろ?」
「え?」
「それに、ねえ、しっかり誘導されて、敵輸送機を安全に着陸させるわけにはいかないじゃない」
「「えええっ?」」
管制員たちが驚きの表情を浮かべるのと同時に、首席幕僚が手にしていたマグカップを管制員たちに投げつける。
「くそッ!」
罵り声を上げて、管制員の中のひとりが投げつけられたマグカップを避け、手を後ろに回し水色の戦闘服を捲くり上げて何かを引き抜こうとする。
「え? なッ!?」
が、それは空振りに終わり、マグカップを投げつけられた管制員は驚愕の表情を顔に貼り付けた。
「うん、生まれたときからの間諜任務ご苦労さんだったね、潜入工作員君」
抑揚のない声で橘群司令が敵スパイの労をねぎらう。
「ない、ない? どうして!? ぐげぇッ!」
マグカップを投げつけられた管制員が突如として首を掻きむしりながら苦しみ始める。
「「「え、え、え、えええッ?」」」
他の管制員たちの驚きの声とともにマグカップを投げつけられた管制員の足が徐々に浮いてゆき、爪先立ちになり、ついには完全に空中に浮いた。
「ゲッ、げはっ、ぐうぅううッ! かはッ!」
数秒の間首を掻きむしりながら体を捩と足をバタつかせていたスリーパーだったが、二三度体をバウンドさせると、やがてピクリとも動かなくなった。
ドサッ! と、潜入工作員が床に転がる。
「ふう、死なないようにするのって気を遣うなぁ」
潜入工作員の陰から現れたのはその場にいる皆とは異なる陸軍式の斑模迷彩服の娚性隊員だった。
辰哉がこの場にいたら、「マリゴールドのウェイターさん!」と、叫んでいただろう。
「うん、やっぱりまだ現役でいけるなぁ。あ、提督、とりあえず、死なない程度に締めときましたけど、どうします?」
潜入工作員の口に自殺防止のための猿ぐつわを噛ませながら、『洋食店マリーゴールド』のウェイターが橘司令に問いかける。
「ナイスタイミング! さすがルムルーモだねぇ、うん、そいつの一族郎党全部とっ捕まえたいから県警のポン友に渡すことにしよう。上手くいったら県内の工作員組織を一網打尽にできるかもね」
拍手をしながら橘司令が破顔する。
「了! こいつも他の奴らと同じように、完全拘束(芋虫)の上、憲兵隊の留置場に放り込んでおきましょう。では、失礼します」
「ああ、ありがとう、鳳翔によろしくな」
「了であります。ですが、少佐は、あと四~五分でこちらに到着すると思いますので、お会いになられることを具申いたします」
「それは心強いな、戦力が心許なかったんだ」
「では!」
敬礼をして、竜洞家家令鳳翔絢の部下でもある、洋食店マリーゴールドのウェイターは踵を返し、捕虜とした敵工作員を担いで管制室から退出していった。
「な、なんであの子がスパイだってわかったんですか? 群司令ってひょっとしてエスパーなんですか?」
「あの子が、スパイだったなんて。幼年からの同期なんですよ!」
「あの子のように、この国で生まれた子の中には、生まれたときから間諜としての運命を定められた子が何千人もいるの」
「あの子がそうだって知れたのは、県警の友人からのお知らせだったんだ。こないだの亜州超大国潜水艦への警備行動発令のときにあの子の親戚が日本海側の浜辺で未成年者略取の容疑で逮捕されてね。そこからあの子の一族が監視対象になって、まあ、あとはお察しだね。ウチでも憲兵隊が密かにあの子を監視してたのさ。それで、最近頻繁に営外の家族や友人と会うようになったんで……こりゃアタリかなってなことで、たまたまこの街に分屯してきたルムルーモにお願いしてたってわけ」
「え? って、あの子だけじゃないですよね工作員って、じゃあ……」
管制員の隊員に橘司令が微笑みかけ、
「うん、今頃、憲兵隊の留置場は芋虫みたいになった工作員の子たちがゴロゴロ転がってるだろうね。もちろん、隣の陸軍駐屯地に潜入していた工作員たちも、ね。弾薬庫の爆破を止められなかったのは残念だけどあっちにはルムルーモを回せなかったからなぁ。特異群の一個分隊だけじゃ物理的に無理だったろうし」
と、親指を突き上げる。
「はあ、そうですか、了解しました……なら」
管制士官が大きなため息を付いた。
「群司令! 首席幕僚! 用が済んだんならとっとと退避してください。敵がまっさきに狙ってくるのはここですよ! あんたら、ここが最前線だって自覚してます? あんたこの辺りの最高位軍人なんですよ!」
中尉の階級章をつけた娚の管制士官がヒステリックに叫ぶ。
この破天荒な指揮官に対しての遠慮会釈、尊敬や謙譲といったものは既にことごとく粉々に砕け散っていたのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価いただきまして感謝いたします。




