87 ノブレス・オブリージュ
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「生徒はこっちへ!」
俺たちに手招きする水色迷彩の海軍兵のお姉さんに従って格納庫から出ようとした俺の耳を、美洲丸のアルトが揺さぶった。
「私も戦えます! 参陣の許可を!」
「だから、駄目だって言っただろ! まだ入隊もしていない子供の手を借りなきゃならないほど人手不足じゃないんだよ!」
「足手まといにはなりません! お役に立ってみせます!」
門前払いしようとするおばさ……他の兵士のお姉さんよりもだいぶ歳上なお姉さん兵士に、美洲丸は必死に食い下がっている。
多分ここの指揮を任されてる兵隊さんなんだろう。
(おいおい、安全なところに避難させてくれるっていうんだから、そっちに従ってりゃいいだろ)
爆弾が降ってきたって大丈夫なところに連れて行ってもらえるのに、なにを好き好んで命の危険に自分を晒そうとする。
「すぐに戦えるように、訓練も受けています。私には守らなければならないものがあるのです」
「あー、特異群の朝霧中尉が担当してたやつね。あの子のことだからしっかり仕込まれてるんだろうけど、駄目だね君の参陣は許可されないんだよ! え…と、美洲丸生徒」
「しかし!」
「よし、わかった! じゃあ、アタシと勝負だ、一発入れられたら参加させてあげるよ」
「ありがとうございます! 兵曹長殿!」
自分の顎に拳を当てて、おばさんが美洲丸に笑いかける。
美洲丸はというと、腰に下げた刀を外し、上着を脱いで、コキコキと首をストレッチする。
「あいつ……何考えてやがる」
「しかたないよ、美洲丸くん貴族だから」
「む、ノブレス・オブリージュ。こういう行動は美洲丸勇の数少ない美点の一つ。こればかりは梓も脱帽」
俺の後ろをついてきていた陽と、俺の袖を掴んで俺にひっついている梓が美洲丸の行動を肯定する。
こればかりはって……、それじゃ、あいつには他にはなにもないみたいじゃないか。
(のぶれすおぶりーじゅ? 貴族だからなんだってんだ?)
どうやら、あのおばさ……もとい、他の兵隊さんよりもかなり歳上な兵隊さんは兵曹長という階級らしい。
たしか、陸軍にも曹長とかいう階級があったな。軍曹より偉くて、少尉よりも下の階級だったはずだ。少尉から上が、将校と呼ばれる階級だから、曹長ってのは下士官? の中では一番偉い階級のはずだ。
(そういや、松雪が、ある意味軍隊で一番偉いのが曹長だって言ってたっけ)
ヤツの言によれば曹長という階級は“兵隊の神様”なんだそうだ。
元の世界の松雪がハリウッドの戦争映画を解説してくれたときにそんな事を言っていたことを思い出す。
たしか、ベトナム戦争の初期の頃にあった激戦を描いた映画を見せてくれたときだったな。
主人公の米軍部隊の隊長を演じたのは、短くした散弾銃を手に、世紀末な格好をした暴走族を狩りまくる元警官の役でメジャーになった俳優だったはずだ。
その主人公に影のように寄り添い、長年の軍隊生活に裏打ちされた助言をするというのが、件の曹長という階級の軍人の役割だった。
また、戦闘シーンでも、決して取り乱さず、頼りになる“オヤジ”という印象を撒き散らしていたっけ。
とまれ、今、美洲丸を相手に立ち回りを演じようとしているおば……お姉さんはこの海軍基地でそういう立ち位置にある人なんだということだ。
「あーあ、美洲丸くんってば、負けが見えてるのに……仕方ないけど」
「む、美洲丸勇はこうでもしないと己を納得させられないから」
陽がため息混じりにつぶやき、梓が美洲丸を擁護するかのような言葉をつぶやいた。
あれ? 梓、お前、美洲丸と敵対的関係じゃなかったか? 『竜洞生徒』を巡って……。
「どういうことだ陽、梓。美洲丸だってガキの頃から武道を嗜んできたんだろう? 相当な腕だって楓が言ってたぞ」
「そりゃぁねえ、同年代で美洲丸君にかなうやつはいないだろうね」
「……む、格闘技日本一決定戦を開催したら美洲丸勇は優勝候補だと思われる」
「そんなあいつより、あのおば……お姉さんの方が強いのか?」
「足元にも及ばないだろうね。……あの兵曹長を倒そうと思ったら、ヒク○ン・グ○イシーでも連れてこなきゃ」
「そんなにか!?」
「……む、肯定。梓は木村政彦を推薦する」
「うん、そんなにだね。ってか、記憶喪失になる前のあにきだったら美洲丸くんの無謀な挑戦を体張って止めたと思うよ。梓ちゃんのセレクトは通好みだね」
「むふん、梓は生前、兄様と父様に近接格闘の手ほどきを受けていた。その際に伝説的な強者の逸話をたくさん聞かされた」
「そんなにかぁ……」
「うん、そんなにだね」
このとき俺はピント外れにも甚だしくこっちの世界にも総合格闘技の概念があったことにが驚いていた。
「その証拠、あにき、あの兵曹長殿の左胸見てごらんよ」
陽の言に従い、俺はおば……兵曹長殿の左胸を見る。そこには他のお姉さん兵士たちの水色迷彩服には全く付いてないワッペンがズラリと並んでいた。
なにかの葉っぱに囲まれたブリリアントカットのダイアモンド、パラシュートと拡げた翼、交差したオールにボート……とにかくポケットに蓋から上に肩口近くまでワッペンが4~5個並んでいた。あと、ポケットの蓋とポケットにもいくつか付いている。
「あにきのことだから、軍隊の技能章とかのことも忘れてるだろうから説明するけど、あの兵曹長の胸についている特技章は普通の海軍兵ではおいそれともらえるものじゃないんだよ……陸軍空軍の兵隊合わせてもあれだけの特技賞をつけられる人はそうそういないね」
「……む、あの特技の数は尋常ではないことを梓は認める」
「ってことは、あのおばさんはすごい兵隊ってことか?」
「まあ、ぶっちゃけ……ね」
「条件によっては、あの兵曹長一人で一個大隊を翻弄できうると梓は言明する」
「おいおい、女ランボーかよ」
「……む、あの兵曹長は、純然たる日本人だと思われる。フランスの詩人の先祖はいないはず」
陽が呆れたようにへの字に唇を歪め、鼻からため息を漏らす。
ああ、こっちには、あのアクション映画の傑作シリーズはないのか。
「あれね、上から4つとポケットのやつは特技徽章っていって、その兵隊がどんな技能をもってるかっていうのを表したワッペンなんだけど上から水路潜入、冬季遊撃、上級遊撃指導員、上級降下兵なんだ、あとポケットに付いてるのは上級自由降下章と上級降着誘導員章あと、上級潜水員章だね」
「なんか、潜水員っての以外、全然海軍っぽくないぞそれ。むしろ、かなり陸軍っぽい気がするぞ」
「……む、兄様の慧眼に梓は感服する」
「さすがあにき、その通りだよ。だから、あの兵曹長さんは海軍の中でも陸軍のような任務を実施する部隊にいたことがあるってことなんだ」
「ん? それって海兵隊ってやつか? たしか、前の戦争で硫黄島とかに上陸作戦しかけてきた」
「お、またまた、さすがだねあにき。まあ、硫黄島じゃアメ公の海兵隊は我軍が完全撤退に際して仕掛けまくった数万の間抜け罠に引っかかりまくって、我軍が完全破壊した飛行場を再建するまでに数千の戦死者とその3倍の負傷者を出したんだけどね」
「なんだって? 硫黄等は玉砕じゃなかったのか」
「あにきぃ、全滅を美化したそんな言い方したら当時なら銃殺もんだよ。当時の軍に蔓延し始めた全滅を美化して国を上げて全滅しようという風潮に昭和の大帝陛下が激怒され『軍は朕が赤子の命をなんと心得るのか、兵は名より命を惜しむべし、命永らえれば捲土重来の機会必ずや訪れん。かかる不届きなる風潮は直ちにこれを正すべし』という勅を発せられたんだよ。『玉砕、特攻なる戦法は兵法の外道、無能なる勤勉の極みなり』って、あの穏やかな陛下が声を荒げ叫んだって、今でも語り草だよ。それでも、全滅戦法を主張した将軍たちは陛下の勅命で粛清されたんだ。最悪銃殺されちゃった人もいたね。それ以降軍は可能な限り全滅を避けるようになったんだ。そのおかげで、優秀な人材が失われることなく戦後の復興がメッチャ早かったんだよ。ちなみに、戦後初のオリンピック、ロンドン大会で戦後初の金メダルに輝いたのは、馬術の西竹一大佐ね。硫黄島守備隊で戦車連隊長だった」
前の世界で松雪が見せてくれた、硫黄島の戦いを日米双方向から描いた映画にも出てたな確か、映画の中では戦死してたはずだ。史実でもそうだったはずだ。
こっちの世界ではバロン西は、戦後も存命で、46歳で金メダルに輝いたのか……。
「だいぶ横道にそれたけど、要するにあの兵曹長さんはこんな辺境の海軍航空基地にいるのがおかしいくらいの海軍陸戦隊の猛者ってこと」
「……む、それに、あの兵曹長は敵前降下章と銀翼突撃歩兵章も授与されている。ポケットフラップ直上の交差した刀と翼の意匠の徽章が銀翼歩兵突撃章、降下歩兵で最前線において勲章授与に値する活躍をしたものに与えられる全将兵憧れの戦功徽章。受賞者で存命しているものはごく僅か」
「あと、パラシュートと翼のワッペンのパラシュートに小さな桜が付いてるでしょ、パラシュートと翼のワッペンは降下資格章で小さな桜の方が敵前降下章なんだ。敵前降下章は読んで字のごとく、実戦で敵地に空挺降下した降下兵が貰えるヤツなんだ」
「いや、ますます海軍の兵隊さんのイメージから離れていくぞ」
ますます、兵曹長さんが女ランボーに見えてくる。たしか、ランボーって元アメリカの特殊部隊グリーンベレーの隊員って設定だったよな。
「それにさ、あんだけの特技持ってる兵隊なんて、陸軍の特殊部隊の隊員にだってそうそういないよ。ありゃ、まさにリビングレジェンドだね」
なぜ、そこだけ英語になる! と、いうツッコミを飲み込んで、俺は美洲丸とおば……兵曹長さんの対決を見守る。
ってか、気がついたら美洲丸が地面に転がって、おばさんが美洲丸の鼻っ柱に拳を突きつけていた。
俺が瞬きしてた一瞬の間にそんな事になっていた。
「え? 何が起こった?」
「あはは、すげー、あの兵曹長すごすぎだよ1秒かからなかったね」
「……む、美洲丸勇が繰り出した拳を捕って小手返しで投げ転がした」
「しかも、そっと、花束を置くように、ね」
「……む、美洲丸勇の完膚無きまでの敗北と梓は審判する」
陽と梓が兵曹長と美洲丸の勝負の感想を口にしているとき、当の美洲丸は狐につままれたように目を見開いていたかと思うと、破顔して笑い始める。
「……ッははははは! ここまで完膚なきまでに転がされたのは道場に入門した3歳のとき以来です。いや、参りました!」
と、兵曹長に向かって座礼をしたのだった。
「んで、納得いったかな……美洲丸生徒?」
「はい、自分がいかにこの場では役立たずか理解しました。お手数をおかけして申し訳ありません」
兵曹長に手を借りて、立ち上がった美洲丸がやたらと爽やかな笑顔で答える。
「いいって、いいって。あー、その、ノブレスなんとかってやつだろ。その意気やヨシさね! みんなと一緒にそそくさと避難しようとしてるどこぞの勲爵家のお坊ちゃまにあんたの爪の垢でも煎じて差し上げたいくらいさ。まあ、お前さんが活躍すんのはまだもうちょっと先さね。今じゃないってだけだ。ここは、あたしみたいなおばさんに任しときな」
「はい!」
再度兵曹長に最敬礼した美洲丸が破顔する。
「ところで、特異群の朝霧中尉殿とは……」
「ああ、中尉の親部隊の最先任があたしと幼年同期でね、あんたたちのこと教えてもらってたのさ」
「はあ……」
訝しむ表情を美洲丸は作る。そりゃそうだ、朝霧中尉の俺たちへの教育任務は、軍のトップシークレットに近いものだからだ。
そんな機密が、海軍の古強者とはいえ、一介の下士官に伝わっていることがおかしい。
陸奥中佐じゃないが、我が軍の防諜体制はどうなってるんだと小一時間問い詰めたくなる。
「ああ、心配しなくてもいいから、アタシも関係者だからね。こんな事態になってなけりゃ海軍でのあんたたちの訓練はアタシの隊が担当する予定だったんだからね」
「そうでしたか。では、今事変が収束を見た暁にはぜひ」
「ん、楽しみにしてるよ。さあ、行きな!」
そう言って、ひらひらと手をふる兵曹長の視線が俺を捉える。
その瞳が俺のことを小馬鹿にしているのがなんとなくわかる。
こそこそとここから逃げ出そうとしているどこぞの勲爵家のお坊ちゃんってのはやっぱり俺のことか。
「はあ、やっぱりかぁ、真面目だよな美洲丸くんは」
「ノブレスなんとかってやつのことか?」
「……む、そう。ノブレス・オブリージュ。フランス語。簡潔な日本語訳としては“貴族の義務”とか、“貴族率先”とされている」
陽への俺の問いに梓が答える。
「つまり、特権階級にはそれに見合った義務があるってことなんだけど、いまどきそんなこと真面目にやってるのは勇くんくらいかな。遅いよたっちゃん」
梓の答えを補足してくれたのは滑走路方向を見ていた俺の背後からの小桃の声だった。
「まったくだ、あいつ、本当に不器用だからな。迎えに来たぜ辰哉、勇、陽!」
「なの!」
楓と響も引き返してきていた。これからここで何が起こるか知っているくせになんて度胸だ。
……てか『竜洞生徒』のことを本当に心配しているんだな。
俺はあらためて『竜洞生徒』の人望に感心するのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価いただきまして感謝いたします。




